才能には終わりがある。

 デビュー10周年の節目に上梓された『天才望遠鏡』には、そんな切実なメッセージとともに5つの短編が収められている。

「これまでもスポーツや音楽の世界で『天才』とされる人々を登場させてきましたが、真正面から『天才とは何か?』を書いたことはありませんでした。今回は、そこにとことん向き合ってみようと思って」

額賀澪さん ©文藝春秋

 額賀さんがそう考えた背景には、東京オリンピックの開催延期という世界的な出来事があった。

「1編目を書き始めたのは、延期が決まって少しした頃でした。私たちからすると“たった1年”の延期ですが、アスリートにとっては人生を左右する1年だったはず。実際、延期された1年の間に引退を決めた選手もいました。永遠でない才能のピークを大事な時に持って来られるかどうか。それすらも才能なのでしょうね」

 天才の葛藤や決断とは別のところではまた、ややもするとスポーツが社会を分断するような構図も生まれていた。

「コロナ対策として日常生活に大きな制限を強いられていた中でのオリンピック開催に対し、『スポーツってそんなに偉いの?』という声も、無邪気に楽しみにできない空気もあったと思います。ところがいざ開幕すると、世間はやはり選手たちの活躍に熱狂していました。それを見て、『これがスポーツの力か』と思う一方で、自分も含め、人間って勝手なものだなとも感じたんです」

 1冊を通して現れる天才は多彩だ。藤井聡太の記録を破り史上最年少でプロ入りした中学生棋士、金メダルを獲り、「氷上の妖精」の名をほしいままにして4年、引退が囁かれるフィギュアスケーター、そして、天才と持て囃されるも性格に難ありの超売れっ子作家。

 すべてを書き上げ、額賀さんが感じたことがある。

『天才』になる条件

「天才とは、世間に見つかったかどうか。いつだってそばには、幸か不幸かそこに居合わせ、その才能を“観測”している人々がいるんですよね」

「氷上の妖精」の傍らには、同じスケート教室に通うも早々に自分の凡庸さに気づいた幼馴染が、超売れっ子作家の隣には、「いい人」で名が通るも、爆発的に売れることも大失敗することもない中堅作家がいた。

『天才望遠鏡』

「才能を持った人は、実はたくさんいます。でも天才は違う。周囲の人々に才能を見つけられ、はじめて『天才』になる。読者のみなさんも、周囲の方の顔を思い浮かべながら楽しんでいただければ嬉しいです」

ぬかがみお 1990年生まれ。2015年『ヒトリコ』で小学館文庫小説賞を、『ウインドノーツ』(単行本改題『屋上のウインドノーツ』)で松本清張賞を受賞してデビュー。著書多数。