2月発売の文春文庫『コウノトリとんだ』(藤ノ木優)に寄せられた、杉江松恋さんによる書評を公開します。
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主人公はお産が取れない新人助産師
藤ノ木優はいのちを描く作家である。
この作者には、すでに〈あしたの名医〉シリーズ(新潮文庫)という作品がある。静岡県東部の産婦人科を擁する病院が舞台で、地方の現場がどのような状況かを伝える医療小説であると同時に、主人公の医師としての成長を描く青春小説でもある。
新作『コウノトリとんだ』もまた、いのちの誕生を主題とする小説だ。主人公の守谷まゆは、創世大学横浜病院に入職した新米の助産師である。自身の専門については豊富な知識を持つまゆだったが、助産師としては致命的な弱点があった。分娩の際、新生児を取り上げようとすると、意識が遠のいてしまうのである。まゆの指導役、プリセプターに就いた先輩助産師の鎌ヶ谷亜美からは、早々に失格の烙印を押される。
藤ノ木は現役の産婦人科医でもあり、第1話「あなたは助産師に向いていない」の冒頭では切迫した分娩の情景が描かれる。多くの医師や助産師が忙しく立ち働くさまを描くと同時に、新米ではあるが、まゆがいかに知識豊富で優秀かという情報を織り込んでいく手つきはさすがの上手さである。
著者による巧みな物語運び
お産が取れない助産師という設定から、よくある「血が苦手で手術ができない医師」のようなキャラクターなのかと思って読んでいると、少し違うことがわかる。初めて立ち会った分娩の場でまゆは「あなたはなぜ、それほどまで強く生まれたいと願うの?」と問いかける。後に、まゆが自身の出生について心の傷を抱えていることが告げられ、この問いが彼女にとって重要な意味を持っていることがわかる。助産師になろうとするまゆを阻む壁は、実は彼女の中にあるのだ。
プリセプターの亜美にも挫折の過去があり、物語の後半で二人は自身の過去に立ち向かっていくことになる。闘いの根底には、新しいいのちを大切にしたいという思いと、生への感謝の念があるのだ。物語の終盤、ある登場人物がまゆに向かい、「これまで生きてきてくれてありがとう」という言葉を掛ける。いのちの現場に立ち会ってきた作者の、偽らざる思いでもあるだろう。
それにしても藤ノ木優は巧みな語り手だと思う。小説の構造に無駄な部分が一切ないのだ。第1話で亜美から強烈な駄目出しをされたまゆは、第2話「ウマ・シマウマ・トラウマ」で意外な活躍をする。助産師課程を優秀な成績で卒業した彼女ならではの働きである。失格と言われてもめげない強さと、思わず応援したくなる熱意が読者に伝わるだろう。第三話「初めての夜勤」で底を蹴って浮上するきっかけを掴むのだが、第4話「『すみません』と『ありがとう』」で再び巨大な壁に前途を阻まれる。蓄えた知識でそれを乗り越えようとするまゆは、空回りをしてしまう。
「いのちをつなぐ」小説
第2話と第4話は対称形になっていて、主人公が成長するために何を必要なのかがこの2話で自然と示されることになる。産婦人科が扱うのは望まれる妊娠だけではないということ、胎児だけではなく母体もまた守るべき対象であるということもこの第4話ではしっかり描かれる。ここで浮上してきた主題が最後の第5話「コウノトリとんだ」では正面切って扱われることになるのである。
さらに、亜美とまゆの間に絆が芽生える過程がこれらのエピソードに埋め込まれており、第5話で完成を見る。亜美がまゆに、医療関係者はどうしても視界が狭くなりがちだが、広い世界を客観視することも大事なのだと伝える場面では、それまで病院内に固定されていたカメラが屋外へと持ち出され、遠景を映す。物語が一気に奥行きを獲得するのである。その転換があるからこそ、最後にまゆの中に生じる変化には説得力が増す。
先行する〈あしたの名医〉は、一口で言えば「いのちを守る」人々の小説である。それに倣って言えば、『コウノトリとんだ』は「いのちをつなぐ」小説だろう。一人ひとりの生命がこの世にあることは何と不思議で素晴らしいことだろうか。いのちをありがとう、と最後に呟きたくなる。








