『望月の烏』(阿部智里)

 ずいぶんと遠くまできた。

 ご縁あって八咫烏シリーズへの愛を思う存分語る機会をいただきましたが、果たして文字数が足りるのか? という不安を抱えています。なので、まずは本書『望月の烏』に対する初読の感想を記しておくことにしました。それが、「ずいぶんと遠くまできた」です。

 阿部智里さんに初めてお目にかかったのは約十年前、当時勤務していた大阪の店舗に『空棺の烏』発売に合わせた書店巡りでご来店いただいたときのこと。若宮のお后選びを描く両A面作品『烏に単は似合わない』『烏は主を選ばない』から、急転直下(※ここ後で物申したいポイント)、天敵・大猿の襲撃を受け、八咫烏を統べる金烏の秘密に触れる『黄金の烏』、の次に繰り出した新作がまさかの学園もの!? というタイミングでした。

 八咫烏シリーズにおけるメインキャラクターの一人である雪哉も、可愛げのない(けれど今から思えば十分可愛かった)少年時代から逞しい青年へと成長しつつある時期、同年代の烏たちと切磋琢磨する展開がとてもワクワクして、店頭用のサイン本を作成していただきながらのお喋りはとても弾みました。早く続きが読みたいです! って。

 けどね、今作『望月の烏』までシリーズを愛読されている同志の皆さまになら私の言いたい意味が伝わると思うのですが、八咫烏シリーズってここからだったのですよ。「急転直下」? いやいやこの後何度「急転」して「直下」して夜中に叫んで悶絶して転げ回ったか! 新刊が出るたびに、阿部さんへのお手紙や編集者さんへの感想メッセージに「阿部さんの鬼」「血も涙もない」とか書いてごめんなさい。本心じゃないです。大好きです。そのぐらい、毎回全く予想できない展開と作品のスケールの大きさに衝撃を受けているということですね。

 続く『玉依姫』では八咫烏たちの世界の根幹に関わる秘密が明らかになり、抗いようのない運命の濁流に飲み込まれるがごとく、怒濤の勢いのまま第一部完結作『弥栄の烏』へ。

 この時は第一部完結記念のフリーペーパーを作らせていただきました。今見返してみると“読み終えて感じたのは「終わり」ではなく「始まりの予感」”と書いていましたが、なかなか鋭いカンだったかもしれません。

 そう、八咫烏シリーズ第二部は、一部とはまた別次元のスケールと展開が待ち受けていました。第二部の始まり『楽園の烏』の舞台はいきなり第一部の終わりから二十年後、しかも現代の日本で、この安原はじめってポッと出てきたひと誰? もう出だしから気になって気になって仕方がない。もはや嬉しくさえある「衝撃の」新章開幕でした。『弥栄の烏』からの空白の二十年間に何があったのか。続く『追憶の烏』『烏の緑羽』で徐々に明らかになり、第二部四作目にあたるこの『望月の烏』が、『楽園』に至る最後のピースを埋めるわけです。

『追憶の烏』については多くは語れません。シリーズのこれまでが全て覆ってしまうほどの「衝撃」。磨き抜いてきた筆力で描かれるその夜とそこに至るまでの物語は、息をするのを忘れるくらい凄まじく、切なく、美しかったです。そんな「戦慄の」『追憶』に続く『烏の緑羽』では、これまでスポットライトがあまり当たらなかった人物の視点中心で描かれるのですが、これも大好きな巻です。

 八咫烏シリーズではそれまで見えていた顔がその人物の一つの側面に過ぎなかった、印象ががらりと変わったと驚く瞬間がいくつもあります。阿部さんの中で八咫烏シリーズという世界の中で起きる出来事には明確で揺るぎない「年表」が存在していて、私たち読者はそれをさまざまな方向から切り取ったものを「物語」として見せていただいていることは初期のころから感じていました。さらに言えばその歴史の中で生きているキャラクターひとりひとりにも、描かれていない膨大な記憶や感情が存在し、だからこそこの「反転」現象が起きるのだと思います。この異様なほどの人物造形の深さ(たぶんご本人は異様と思ってらっしゃらないところがまた……)をもっと味わえるのが、本編と並行して紡がれる短篇集『烏百花』です。短いからこそ、一個の「生」の鮮烈さが際立ち、シリーズの動脈には触れていないようで、実は読むとどれひとつとして忘れられなくなる全篇必修マストのエピソードばかりです。

 さて『望月の烏』です。(やっと辿り着きました!)『望月』の魅力は何と言ってもまず「帰ってきた登殿の儀」でしょう。八咫烏の一族の中で四家と呼ばれる大貴族の家から、それぞれ一人ずつ姫が集められ金烏の寵を競うこの儀式、すべてはここから始まったとも言える前回の登殿の儀と、四姫たちを思い浮かべずにはいられませんし、さあ今回はどんな姫君たちが登場し、どんな波乱が待ち受けているのかと、期待は否応なく高まります。しかもなにやら今回は四姫以外に台風の目が? っていうか爆弾? 超強烈なキャラの「傾城の落女」も登場。ぐいぐい周囲を巻き込み世をかき乱しやりたい放題で、彼女の登場とともに明らかに山内の中で「何かが変わりそうな空気」が漂い始めたのを感じました。

 かつての四姫のひとり、真赭の薄の娘で女の戸籍を捨て「落女」として朝廷に勤めるその女性・澄生は、「暗殺された先々代の金烏、奈月彦に瓜二つの容貌」。これはもう、そういうことですよね? と読者が勘ぐってしまうことも、もちろん阿部さんは承知の上なのでしょう。そんな彼女が今やその栄華に一点の陰りなしと言われる博陸侯雪斎と対峙するシーンはなぜ!? と思うほどバッチバチに火花が飛び、やきもき・はらはらで心乱されます。

 澄生の大暴れと比べると控えめに見えてしまいますが、今回の登殿の儀に臨む四姫、そして金烏側にも「変化」があります。それは、ああこの人がそういう性格だとは思わなかった、とか、この人がそう動くとは思わなかった! とか、これまでの八咫烏シリーズを読んできた読者にとってもまた新鮮な驚きだったのではないでしょうか。

 印象的なシーンが二つ。澄生の両親が登場する場面では、かつての主・奈月彦の懐かしいエピソードが出ます。それがとても自然で、今でもそのひとの面影が彼らの胸の中にあることと、物語から居なくなったひとたちの思いも背負って、この『望月』の時間の八咫烏たちが存在していることを証明するようなシーンだと感じました。

 もう一つはすっかり嫌な奴が板についた博陸侯が、一ミリの本音(かもしれない)をたった一行のセリフ分だけ滲ませたシーンです。

 あの瞬間にふたりをつなぐ時間が一気に引き戻された気がしました。あんなにも幸せだった時間。一番大切だったもの。そうして、この『望月』の時間までまた時を進めたときに、ずいぶんと遠くまできた、そう感じました。

 八咫烏シリーズにおいて今巻『望月の烏』の位置づけは、「ザ・政変」の面白さやニューエイジの台頭など煌びやかでわくわくする面もありつつも、やはり『望月』=これから欠けゆく月の名の通り、終わりへのカウントダウンの狼煙だったと自分なりの解釈ですが、そう思っています。

 シリーズとしての物語はここからいよいよ佳境に向かいます。次巻『亡霊の烏』、そしてついに最終巻へ。信じていたものが裏返ったときにどういう行動をするのか。身分や立場が変われば考え方が変わること。自分が正しいと思い込むことへの警鐘。阿部さんの描く物語から学んだすべての経験をもってしても、シリーズがどんな結末に向かうのか想像もつきません。ほんとうに終わってしまうんですか? まだまだ気になる謎がたくさんありますよ? まだまだわれわれが気づいていない伏線があるんじゃないですか? 解説のためにシリーズを読み返していたら、もう全部が刺さるんですけど? 烏たちが愛おしすぎる……。

 一番大切なことを忘れていました。ここまで感情移入しすぎて熱くなれる物語を生みだしてくださって、本当にありがとうございます。見たことのない世界と驚きに出会える喜びをありがとうございます。一書店員として、この御恩は声を大にして八咫烏シリーズへの愛を叫び続けることと、一冊でも多く売って売って売りまくることでお返ししていく所存です。

 一読者一ファンとしては、八咫烏シリーズの完結はとても寂しいのが本音ですが、最後まで、いやどこまでもついて行きます。阿部さん。あなたの物語に心底惚れているので。

(紀伊國屋書店梅田本店 仕入担当)

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