デビュー作『白鷺立つ』がいきなり直木賞候補になった驚異の新人・住田祐さん。その第二長編『誰が首』が9月9日より順次発売となりました。刊行を記念して、冒頭45頁分を公開いたします。時は戦国、織田家の重臣・明智光秀とその腹心・左馬助さまのすけのお話――。


じゃの首

 六条河原に、三つの首が晒されている。

 首の置かれた三つの獄門台が並ぶ、その三方が竹矢来で囲われ、一方の開いているところへ番兵が三人、ものものしくあたりに目を光らせていた。

 昼過ぎの東山を行き交う者たちが、目を逸らす、鼻をつまむ、逃げるように遠ざかる。晒し首には無数のはえがたかり、その羽音は番兵らの耳に近付いたり遠ざかったりを延々と繰り返している。

 三人の番兵らも、上役の指図があったからこそ厳めしい面構えで番をしているわけだが、鼻がもげるかと思うほどの腐臭を放つ首の警固に内心辟易していることは明らかであった。番兵らの足元に咲く桔梗ききょうの花が、同根の蕾を守るように獄門台から顔を背けて項垂うなだれている。

 まだ暑さの去りきらぬ九月の初め、はだえの腐敗は早い。各々の首のそばに添えられた捨て札には、姓名とその「罪状」が記されてはいるものの、もはやそれが本当に当人の首であるかどうかは判ぜられなかった。

 これらの首がまだ胴とつながっていた頃、どのように呼ばれていたか。

 右の獄門台から、越前の大名、朝倉義景あさくらよしかげ

 中央が北近江の大名、浅井長政あざいながまさ

 左が長政の父、久政ひさまさ

 いずれも天下に名を馳せた武者もののふの、その成れの果ての姿であった。腐った首に高貴も下賤もなく、三つの首は今や蠅の卵の苗床に過ぎない。

 それらの首を横目に、編み笠を深くかぶり、旅囊を背に括り付けた若武者が足早に通り過ぎる。従者はない。

 明智あけち左馬助さまのすけ秀満ひでみつは、ゆえあって備前福山から京に上っている。

 尾張の大名織田信長おだのぶながは生国を統一したのち隣国の美濃を攻略、そして大和、摂津など畿内の支配に続き、今度は越前と北近江をその手中へ収めた。ここへ晒された三つの首は、今がどのような世であるのかを左馬助に示しているようであった。

 左馬助は信長と直に言葉を交わしたことがないどころか、その姿をまともに目に映したことすらない。しかし、備前にあってもその風聞は届き過ぎるほどに届いていた。その備前も決して盤石とは言えない形勢が続いている。備前を治める浦上宗景うらがみむねかげは昨年、安芸あきの国主毛利輝元もうりてるもと干戈かんかを交えんとしていたが、あっさりと和睦に至った。信長が書状を以て、両者の仲介に入ったからである。信長は、備前の土を踏んだことすらなかった。

 数日前まで、浅井・朝倉両軍はその信長と熾烈な戦を繰り広げていたという。しかし信長には及ばず、両家の領袖はそれぞれ自刃を遂げ、数日前からこの河原へその首が晒されているのであった。

 左馬助の向かう先は、親子ほども年の離れた従兄であり、またかつての主君でもあった明智光秀みつひでの居城、近江坂本城である。琵琶湖南端近くに築かれたその城の風聞をも、左馬助は聞き及んでいた。ある者がいわく、水上の宮殿である、と。またある者が曰く、天守の美しさは天下一である、と――。

 左馬助が坂本に着いたとき、すでに日は暮れかかっていた。暗がりの中ではあったものの、目の当たりにした坂本城は左馬助の知るすべての風聞を凌駕していた。

 城というより、町であった。目の前には幅十間(約十八メートル)はあろうかと思しき外堀が横たわっている。その堀の遥か奥に、ひと際背の高いやぐららしきものが見えた。それこそが、音に聞こえた天守なのであろうと察した。左馬助は、光秀がその天守の最も高いところで己を待っているような気がして、胸を膨らませた。

 どこからどのようにして中へ入ったものかと少し足を止めたが、己はこの巨大な城の主に請われてやって来たのだと思い直し、橋を渡って城の最も外側に当たる三の丸へと足を踏み入れた。ここは城下町となっているらしく、北国と大津とを結ぶ街道が南北に貫かれている。その街道沿いに商家と思しき宅が所狭しと立ち並び、通りに面す障子には黄色い灯りが滲んでいた。

 二の丸を囲む堀にも橋が渡してあった。橋のそばに立っている兵に取次ぎを申し告げると、兵は左馬助を本丸へと橋上を先導した。

「この坂本のお城は、殿が織田家中の部将として初めて縄張り、普請を許されたお城にござりまする」

 そう語る背は、まるでこの城の縄張りをしたのが己であると誇っているかのようにたくましく見えた。

 本丸にて、さらに一人が加わった。男は光秀の近習とのことで、明智兵介ひょうすけと名乗った。明智と名乗るからには己との血縁があるのかとも思い、左馬助はそのように問うたが、そうではなく、兵介はその働きを光秀に認められ、このほど明智の姓を名乗ることを許されたのだと照れながら答えた。

 左馬助は天守を登った。長い板敷の廊下にはわずかだが檜の香が漂っている。築城からそれほど年月を経ていないことが、左馬助にも分かった。

 すでに日は落ちている。琵琶湖に突き出す形の本丸天守二層の広間からは、湖面が眉月びげつの光を受け、わずかに揺れているのが見えた。案内を務めた二人が辞去する。

 月が叢雲むらくもに隠れると、湖面はその動きを一斉に隠した。左馬助は心なしか、合唱する虫の音も弱まったような気がした。

 広間に配された二つの灯明皿の火が、同時に左右に揺れた。左馬助はゆっくりと平伏し、両のこぶしを板敷の床へぴたりと付けた。

 すると、幾人かが板敷の廊下を踏み、左馬助の座す広間へやって来る音が聞こえてきた。左馬助の察した通りであった。

 音は次第に近付き、近付いたかと思うとはたと止んだ。ややあって、床を踏みしめる音がかすかな揺れとともに左馬助の拳に伝わり、そして再び止んだ。

「左馬助」

 その声は、左馬助が思い描いていたよりもずっと小さく響いた。響いたというより、かすれて鳴った。

 光秀が信長に仕えてからの、特に左馬助が光秀のもとを去ってからの栄達の風聞には、左馬助は舌を巻く思いでいた。

 二年前の叡山えいざん焼き討ちにおいて、光秀は自ら兵を率いて叡山を駆け、槍を振るい、その姿はさながら鬼神の如くだったという。光秀は今や信長のもとで三面六臂さんめんろっぴの働きぶりを見せつけ、余人を以て代え難い重臣となったと、遠い備前にも聞こえていた。

 ゆえに気炎万丈な、生気に満ち溢れた声が浴びせられるものとばかり、左馬助は思っていた。しかしその声が心中にこだましていたものと反し、左馬助はやや遅れてかしこまった。

「……お久しゅうござりまする。殿のご謦咳けいがいに再び接し、この左馬助、まこと恐悦至極に存じ奉りまする」

 動揺を隠しつつ、左馬助は決まりきった口上を述べた。

「うむ。まこと、よう来た、よう戻ってくれた」

 やはり、おかしい。

 左馬助は顔を上げるのを躊躇ちゅうちょした。おもてを上げよと命じられるのが怖くなった。

 左馬助と十九離れている光秀は、今年四十六になったはずであった。斜陽に差し掛かったということなのだろうか。その声は確実に老いていた。左馬助は久方ぶりに対面するかつての主君に再会の喜びと郷愁を覚える一方、不安と恐れがいよいよ膨らんでいくのを感じた。

「何をしておる、さ、面を上げよ」

 左馬助は覚悟を決めた。

「……ははっ」

 左馬助が遠慮がちに顔を上げると、確かにかつての主君が座していた。その脇には光秀の妻ひろと、五つになるかならぬほどの男の子の姿も見えた。

 しかし、思い描いた主君はそこにはなかった。光秀は微笑をたたえている。

 いったい何が心中の像と異なるのか、すぐには分からなかった。遠慮がちに目を伏せる仕草を見せつつ、左馬助は目の前の光秀と心中の光秀とを懸命に比べ、そしてその差異の正体に気付いた。

 髪である。四年前と明らかに異なるのは、光秀の頭髪の様子であった。そして、そう気付いてから、左馬助はまた考え込まなければならなかった。

 光秀の毛量が増しているのである。

 光秀は生来丸く大きな額を持っていたが、越前に至るまでの流浪の暮らしの中、世間の激しい風に吹かれたためか、その額の上の髪が勢いよく散じていった。左馬助ら光秀の周りにある者も時折、主君の自虐に染まった戯言に難しい笑いを求められることがあった。曰く、わしの髪が尽きるか、わしの命が尽きるかどちらが早いか、などと――。

 それがどうだ。目の前の主君はしわの走った額の上に実に立派なまげを結い、半白の側頭部の毛も後頭部へきれいに流れている。びんも豊かであった。

 間違いなく付け髪であった。つまり、光秀の髪は増えたのではなく、あの頃に比べてさらに減ったということだ。老いもあろうが、四年前は付け髪を当てるほどの惨状ではなかった。

 織田家とは、それほど――。

 左馬助は、己にもう一度覚悟のほどを確かめた。そうせずにはいられなかった。

 日が昇る様を思わせたあの壮年の心優しき主君は、朝倉義景、のちに将軍となる足利義昭あしかがよしあき、そして織田信長に仕えて動乱の世にその身を投じ、己に鞭打ち、傷の癒えぬ間に新しい傷を負い、内に外に争い、明け暮れたのだ。

 その壮絶な道のりが、たったこれだけの間で察せられた。そして左馬助は、己が過ごしてきた四年がいかに安穏としていたかを思い知った。

 灯明皿に揺らめく一穂の火が光秀の月代さかやきにはね返り、その光を鋭く磨いて左馬助の目を射る。その強い光が、そこに毛を蓄えるための何物も残存していないことをはっきりと告げていた。

「左馬助どのが御息災のようで……ほっと致しました」

 熙が以前と変わることのない柔和な笑みを湛えている。左馬助は体の向きをずらし、熙へ向けてこうべを垂れた。

「お方さま……四年もの長きに亘り、無沙汰と相なり申しました。まこと申し訳ござりませぬ」

 左馬助は五つのときに母を失っている。以来、熙は左馬助にとっては己が母も同然であった。

「よいのです。こうしてまた、あなたのお姿をこの目に映すことができたのですから」

 熙の声に、左馬助は顔を上げられなかった。熙の顔を見てしまうと、湧き上がる心情が目から溢れると思った。

「この子は十五郎じゅうごろう。殿のご嫡男にござりまする。さあ十五郎、左馬助どのにご挨拶を」

 どこか熙の面影を宿す十五郎が左馬助に両の膝頭を向け、わずかに目を伏した。左馬助が平伏する。と思うと、まるで場にそぐわない大音声が鳴り響いた。

「十五郎であるっ。左馬助、遠路、大儀であったっ」

 左馬助は、ははっ、と畏まりながら、頰が緩みそうになるのを必死でこらえた。明らかに幾度も稽古を繰り返したことが伝わってきたからである。

「……十五郎さま。もったいなきお言葉にござりまする。左馬助にござりまする。お父上の従弟に当たりまする。お見知りおきのほど、よろしゅうお願い申し上げまする」

 左馬助がわずかに顔を上げると、十五郎は何かを求めるように熙の顔を見つめていた。何と返してよいか分からなかったようだ。左馬助はその姿を目にしただけでも、何故か涙ぐみそうになった。

「十五郎はの、お主がわしのもとを去ってからすぐに熙が生んでくれた。いずれはこの子が明智を盛り立ててゆくことになろう」

 左馬助は、四年前に光秀のもとを去る際、熙の腹が大きかったことを思い出した。その子が、これだけ育った。左馬助は四年という歳月がこれまでとは違った形で眼前に現れた気がした。

「某もそうなられると信じておりまする」

「この城を十五郎に譲るまでは、このわしが持ちこたえねばの」

 は、と畏まりながら、左馬助は遠慮がちに光秀に目を向けた。

「まこと、壮麗なるお城にござりまする。恥ずかしながらこの左馬助、はてどこから入ったものかと迷うたほどにござりまする。仄聞するところによりますれば、殿はお屋形さまのご家中において初めて城の縄張りを許されたとの由。ご家中において随一の武者となられたと、皆がそう称えておりましょう」

 左馬助の賛辞に、光秀は力なく笑った。

「左様に持ち上げるようなことではない。お屋形さまにとって城が入り用となった地に、たまたま城がなかっただけのこと。そこへたまたまわしが配されただけのことよ」

 坂本は西に叡山がそびえている。信長はこれより二年前に叡山を焼き討ちにしており、光秀に坂本城築城の下知げじがあったのはその直後とのことであった。城の役割の一つが叡山の抑えであることは、左馬助が光秀に確かめるまでもなかった。

 光秀の言葉や表情には含羞と、その奥に決して小さくない自負がはっきりと見て取れた。

 とそこへ、突然城へ攻め手が押し寄せたかと思うほどの遠慮のない足音が鳴り響いた。十五郎はあまりの驚きに、熙の腕にしがみついている。四人の男たちが、左馬助の背後にずらりと並んだ。うち三人は知己であったが、一人は知らない顔であった。その知らない顔が平伏して言上した。

「ご無礼は承知のうえ。どうしても辛抱できず、馳せ参じた次第にござる。殿の臣、斎藤内蔵助さいとうくらのすけと申しまする。左馬助どのとお見受け致しまする。いや、若どのとお呼びすべきにござりましょうや」

 左馬助は、これほどまでに不躾な臣がこの世にあることを知らなかった。左馬助は思わず光秀の顔を見たが、光秀は微笑を湛えるのみで、熙と十五郎を下がらせた。

「殿、聞こえておりましたぞ。ご謙遜もほどほどになさりませ。殿のお働きぶり、この内蔵助も他家に鼻が高うござりまする」

 内蔵助は、年のほどは左馬助よりも十は上に見えた。かつては織田家家臣である稲葉良通いなばよしみち(のちの一鉄いってつ)に仕えていたが、内蔵助の諫言をよしとしなかった良通と仲違いし、良通のもとを去り、光秀に仕えるようになったのは左馬助の出奔直後のことだという。

 そこへ、これは左馬助もよく知っている藤田伝五ふじたでんごが応じた。光秀よりも年嵩の股肱ここうの臣である。

「ははは、内蔵助どの、まるで貴殿の働きあってこそとでも言わんばかりじゃの」

「手前はそのようなつもりは」

 内蔵助が慌てて否もうとするのを、伝五は笑って制した。

「まあそれも間違うてはおるまいて。しかし、今日の殿が今日の殿であられるに最も功あったのは、庄兵衛しょうべえと言わねばならぬじゃろうの」

「これは……買いかぶりにござりましょう」

 伝五の隣に胡坐あぐらをかく男がわずかに体を前に倒しながら、左馬助をちらと見た。伝五によれば、溝尾みぞお庄兵衛は光秀とともに義昭と信長との橋渡しに尽力したのだという。つまり、今の光秀の織田家における栄達は、庄兵衛なくしてはなかったと言いたいのだ。実際、庄兵衛の顔には左馬助を圧さんとする不遜な笑みが浮かんでいた。

「左馬助、今の殿はかつてお主がともに暮らしておった頃の殿とは、すべてが違うておられる。殿はご多忙でおられる。殿が明智のすべてをご差配なされるというのは、もはや建前に過ぎぬ」

 四人の臣のうち最後に口を開いたのは、光秀、そして左馬助の従兄弟にあたる明智光忠みつただであった。この光忠、そして伝五、庄兵衛、左馬助の四人は、光秀とともに越前へ流れ着き、そして明智を支えた臣である。

「ゆえに、わしらが殿のご両手ご両足となって、諸事先を見越して動かねば、今の殿の臣は務まらぬ。心得ておくがよい」

 左馬助は四人に対し、平伏した。

 四人の言葉はすべて、左馬助を牽制するために放たれたに違いなかった。一度主君を見限って出奔したという事実を暗に責めるだけではない。光秀と血縁があるにしろ、彼らからすれば、若輩である左馬助などなくとも「今の明智は我らがあれば十分なのじゃ」と、その顔に大書してあった。

 光秀は、そこで四人に外すよう命じた。臣らがぞろぞろと座敷をあとにする足音を聞きすます間、左馬助は眼前の床を睨みつけていた。

「ははは、なかなかの挨拶であったの。まあ気にするでない。つい三日前まで越前でたんと槍働きをしてきたばかりなのじゃ。まだ戦気が抜けておらぬのであろう」

 四人が去った途端紡がれた光秀の言葉に、左馬助の目が開かれた。今度の浅井・朝倉攻めにおいて、光秀はかつての主君であった朝倉義景を攻めたのだと、左馬助は知った。

「ご配慮……もったいのう存じまする。今宵は取る物も取り敢えず、湯浴みもせずに馳せ参じた次第にござりまする。これ以上殿が某と時をともになされると、差し障りがあろうかと」

 不意に軽口が衝いて出た。光秀も笑ったが、その笑いもかすれている。かすれながら、その笑いも、潮が引くように収まった。

「ただ、今宵……殿の御前を下がります前に、一つだけ伺いたき儀がござりまする」

「何じゃ。何なりと申してみよ」

 微笑んで応じる光秀に、は、と左馬助は顔を少し上げた。

「此度、何ゆえ……この左馬助めのお召し出しと相なられたのでござりましょうか。某は……某は、一度殿のもとを出奔した身にござりまする。殿を見限った不忠者にござりまする。かような某を、何ゆえ」

 光秀は微笑を湛えたまま、大きく鼻から息を吸い込み、口から吐いた。左馬助は思いの丈をすべてぶつけようと思った。

「某には分りかねまする……次右衛門じえもん(光忠)どの、伝五どの、庄兵衛どの、斎藤内蔵助どの……そのお歴々のおられる中へ、某が再び居場所を設ける所以ゆえんが」

 左馬助は光秀に目で続きを促した。光秀の顔は笑ってはいるものの、その表情は悲しみを帯びていた。

 光秀はゆっくりと立ち上がり、明障子を開け放った。琵琶湖の水気を吸った微風がそよぎ、左馬助の頰をかすめる。たった数刻で季節が入れ替わってしまったかと思うほど、その風は熱を失っていた。

「左馬助、人には……謙遜が求められる。それは間違ってはおらぬ」

 光秀の背が低く告げた。左馬助は黙してその背を見つめる。

「じゃがの、決して萎縮はするな。もちろん、このわしにもじゃ」

 光秀の声はかすれていたが、左馬助はその声が己の中の消えた灯芯に再び火を灯したのをはっきりと感じた。

 光秀は左馬助の方を向き、そしてはっきりと告げた。

「わしがそなたを求めた所以は……自ずと知れよう。左馬助、今はわしの助けとなることのみを己に命じよ。よいな」

 左馬助は床に額を付けた。

「……畏まりましてござりまする。この左馬助、身命をなげうってお仕え申し上げたく存じまする」

 光秀は左馬助の言葉に頷いた。

「左馬助、わしも今宵のうちに……そなたに言わねばならぬことがある」

「は」

 左馬助は畏まった。左馬助には、光秀が今夜のうちに己に告げるべきと考えることがまだあるとすれば、一つしかないだろうと分かってもいた。

りんのこと……悪かった。許せ」

 左馬助の思った通りだった。左馬助は平伏したまま、滅相もなきことにござります、と言上した。

「どうか、どうか……ご放念くださりますよう。あのときの殿のご方寸……この左馬助、今はしかとお察し申し上げておるつもりにござりまする」

 左馬助は、今告げようとしているこの言葉を、己がずっと胸に抱き続けてきた気がした。四年前のあの日、信長の下知により光秀の長女倫を荒木村次あらきむらつぐすと告げられて、明智の門を飛び出して行ったそのときから――。

「殿……勝手をし申し上げ、まこと申し訳ござりませぬ。この左馬助、いくら詫びても詫びきれませぬ」

 目頭をきゅっと結ぶと、その奥から滾々こんこんとぬるい涙が溢れ出てくる。

 あの日、左馬助は私情から主君を見限り、光秀のもとを去った。喰うか喰われるかの乱世である。腹心だったはずの家臣が明くる日に敵方へ寝返ったなどという話は枚挙にいとまがない。斎藤道三さいとうどうさんとその子義龍よしたつしかり、血を分けた親兄弟ですら憎しみ合い、殺し合うのだ。

 しかし、光秀は一度はその娘の一人を左馬助に差し下してもよいと思ってくれたのである。それはすなわち、左馬助を従弟ではなく息子として受け入れたいと言ってくれたということだ。光秀が己に厚い信を寄せてくれていることはひしと伝わっていた。

 左馬助は、それが分かっていたにもかかわらず光秀のもとを去ったのである。知らずにやるのと知ってやるのでは、その振る舞いの意味は異なる。

 だからこそ左馬助は、このほど光秀からの書状に応えようと思ったのであった。

 今度こそ、役立ってみせる、殿をお支えしてみせる――。

 その思い一つで備前から駆けてきたのだ。光秀も情にもろい。すでに左馬助以上にそのまなじりから次々に落涙していた。

「実は先ほど……村井民部むらいみんぶどのから文が参った」

 光秀はそう告げると、懐から書状を取り出し、左馬助の膝の前へ置いた。

 光秀が添えた説明によると、光秀は信長の部将として各地を転戦しながらも、京都所司代として京の治定の役目も担っているといい、村井民部少輔みんぶのしょう貞勝さだかつはふた月前に同役に任ぜられた織田家の部将の一人だという。

「火急の件とのことでの」

 左馬助が御免、と呟きながら書状を手に取って開いてみると、書状に目を通し次第急ぎ京の拙宅まで来てほしいとの短い文言がしたためられていた。どうやら右筆ではない本人の手によるものらしいと左馬助が察したのは、その水茎みずくきが明らかに震えていたからであった。

「仰せに従い、すぐにでも参ろうと思うておるのじゃが」

 光秀は、すでに出立の支度をしておくよう兵介に命じてあるとのことであった。

草臥くたびれておろうが、左馬助。お主に同行してもらいたい」

 光秀が、たった今己の家臣に復したばかりの若武者を慈しむように見つめた。

 左馬助はさっと片膝立ちになった。備前からの長旅を終えて坂本に着いたのはつい先ほどのことである。しかし、左馬助ははっきりと告げた。

「承知」

 左馬助は己の丹田たんでんから生気がみなぎって来るのが分かった。この四年の暮らしの中では感じたことのないものだった。

 向こうの用件も分からぬというのに、己がどのような役に立つのかも、そもそも己がそれにまったく関わることもないかもしれぬというのに、主君にただ供を命じられただけで湧き上がるこの高揚はどうだ――。

 半刻後、二人はすでに馬上にあり、十人にも満たぬ近習を連れて馬首を京へと向けた。夜は当然、昼ほど速く移動は出来ない。途中には難所として知られる逢坂峠おうさかとうげもある。ゆるゆると進む馬に苛立ちながら、左馬助は馬に身を任せるしかなかった。

 

 光秀は馬上、貞勝の身に何ごとが出来しゅったいしたかとあれこれ思いを巡らせていた。

 だが結局何も当たりをつけられないまま、一行は頻闇しきやみ粟田口あわたぐちに至った。もう半刻もすれば日も昇り、町はゆっくりと目を覚ますという時分であった。

 東洞院ひがしのとういん三条にある村井貞勝の屋敷の門には小者が控えており、光秀と左馬助の姿を認めると、音もなく光秀の足下にひざまずいた。光秀は馬を降り、兵介にくつわを預けた。左馬助がそれに倣う。

 小者は光秀が引き連れている見慣れない武者の姿を認め、ご無礼仕りまするが、と光秀に短く問うた。

「この者は明智左馬助と申す。我が明智の家人、警戒は無用」

 小者は慇懃いんぎんに非礼を詫びると、すぐに二人を門の中へ招き入れた。

 屋敷はひっそりとしている。左馬助を控えの間に待たせ、光秀は小者の案内に従った。

 小者が御免、と声をかけて客間のふすまを引くと、光秀が挨拶を言上しようとするのを制すように、貞勝が慌てて駆け寄ってきた。

「んあっ、明智どのっ!」

 貞勝の額には、灯明のわずかな光を受けた脂汗がびっしりと浮かんでいた。

 織田家は柴田勝家しばたかついえ佐久間信盛さくまのぶもり林秀貞はやしひでさだらを筆頭とする生え抜きの部将、光秀や荒木村重むらしげのように有為転変の流れの中で信長にくみするようになった部将の他に、多くの吏僚を抱えてもいる。

 貞勝はこのうちの吏僚で、戦にその身を投じたことは数えるほどしかない。肝の据わっておらぬのはそのようなところに根があるのやも知れぬ、と光秀は内心嘆息した。

「かような夜更けに、まっこと、相済まぬ」

「何の……ご配慮には及びませぬ」

 光秀は漢籍はもちろん、記紀万葉以来の有職故実に通じていることを武器に、公家とも対等に折衝することができる。その力を信長に認められ、織田家の家臣となってすぐに京の所司代に任じられたのだが、織田家中で歩んできた道のりは貞勝とは比較にならないほど短い。そのためか、所司代たる二人は表向きは光秀が貞勝を補佐するという形となっており、光秀は貞勝にへりくだらなければならないのであった。

「民部どの、まずは落ち着いてくだされ。いったい何ごとが出来したと」

「これが落ち着いておられるか。明智どの、一大事じゃ」

「一大事。何が一大事なので」

 貞勝が口を真一文字に結ぶと、その喉仏がゆっくりと上下した。

「首が、首がのうなった」

 なりゆきが吞み込めぬ光秀は早くその仔細を知りたかったが、そこは抑えた。貞勝の狼狽ろうばいぶりを見ても、今は貞勝もどのような言葉をどのような順序でつなげてよいか分からないと見えた。

「先ほど配下の者からしらせがあった。六条河原の首が、何者かに持ち去られたのじゃ。首と申すは……」

 貞勝はそこで言葉を濁したものの、光秀はようやく何が出来したかを摑んだ。

「まさか……浅井久政どの、長政どの、さらには……朝倉義景どのの御首級みしるしにござりまするか」

 己で声にしながら、光秀も驚かざるを得なかった。貞勝は震えるように幾度も頷いた。

「……兵は。番兵が夜を日に継いで目を光らせていたはずではござりませぬか。それらの者どもがよもや見過ごすはずが」

 光秀は誰しもがそのように思うであろう当然の疑義を貞勝にぶつけたが、貞勝は力なく首を左右に振った。

「いかにも。が、兵どもは三人ともその場で淋漓りんりと血を流し、こと切れておった。兵はいずれも手練れの者とは言えぬが、その傷を見るに、みな一太刀でやられた様子。下手人はかなりの使い手だったようじゃ」

 偉材は限られている。貞勝でなくとも、すでに物云わぬ首を警固する役に百戦錬磨の武者を配す道理はなかろう。何と言っても貞勝自身が吏僚なのだ。その配下にある者の武者振りも推して知るべしか、と光秀は鼻から息を抜いた。

 しかし、すでに済んだ貞勝の人事をここで責めても詮方ないことである。光秀は己の頭に、働けと命じた。

「晒し場は。今どのようになっておるので」

「とりあえず、代わりの兵を配しておる次第」

「のうなった首は。まさか獄門台に何も載せずにおくわけにはゆきますまい」

「それについては、河原にあった大きめの石を拾うて、それに布を被せておる」

「何と」

 寝ているところを叩き起こされ、すわ何ぞ出来したかと気を引き締めたであろうに、その者らに布の中身は伏せられているのだろうが、河原の石ころを警固させられている貞勝の兵どもを、光秀は不憫に思った。だが、信長が「余がよいと言うまで晒し続けておけ」と厳命した以上、所司代二人の一存で獄門台を片付けるわけにもいかなかった。信長は、それらの首が目も当てられぬほど腐り果てた様を庶人しょじんに見せつけたいに違いなかった。

 光秀は貞勝の対処に一度は啞然としたものの、現状で出来ることはそのようなことくらいしかないかもしれぬ、とも思った。己が貞勝だったとしても、似たような指図を出しておったかもしれぬ、と――。

 それに、貞勝がこの一件を織田家中の誰あろう、光秀に一番に知らせて寄越したという点も、よくよく考えてみれば都合がよかった。同じ京都所司代同士それが自然と言えば自然なのであるが、動顚どうてんした貞勝が京にある織田家中の、より連絡のつきやすい別の部将に先に漏らしていたらことである。

 貞勝は狼狽こそ見せているものの、要諦はきっちりと押さえてあったと評すべきかもしれない。このような点が、貞勝が信長に使われ続ける所以なのだろうかと、光秀は益体もないことを思った。

「民部どの、とりあえずはしのげたと考えましょう」

 光秀は優しい言葉を掛けたつもりだったが、今の貞勝の心を安んずるには到底足りないようであった。

「しかし、このあとは何とする。直に夜も明ける。首に布を掛けてあれば行き交う民草がいぶかしむ。それはやがて、お屋形さまのお耳に入る。小細工がばれる。お主は何をしておったのかと𠮟責される。打擲ちょうちゃくされる。殺される。もうおしまいじゃ」

 貞勝はよよよとくずおれた。

 光秀は妻の熙の実家である妻木つまき氏から養女を取り、貞勝の嫡男貞成さだなりめあわせることになっている。つまり明智家と村井家はこの後姻戚となるわけだが、余人の目のないところとは言え、このような情けない姿をまざまざと見せつけられると、光秀は請われて結んだその祝言の約束が何やら取り返しのつかない失敗だったように思えてきた。

 しかし、後悔しても悩んでいても仕方ない。

 考えろ、考えるのだ――。

 光秀は腕を組み、まず、頭の中に錯綜することどもの整頓に取り掛かった。

 晒してあった敗将の首を盗まれたなど、前代未聞、空前絶後の大失態である。ことが公になれば、何が待っているか。

 世にわらわれるのは信長である。恥を搔くのは信長である。当然、信長の怒りの矛先は京の治定の責を負う光秀と貞勝に向く。

 確かに、殺されても不思議とは言えまい。いや、あの信長ならここで貞勝と光秀を殺さぬ方が面妖とすら言えるかもしれなかった。

 ただ、光秀がこの出来事を何とかせねばならぬと焦る理由は、殺されるかもしれぬという恐怖とは別のところにあった。

 光秀は貞勝などと比べれば織田家中における全き新参者ではあるが、その能力が決して低くはなくむしろ秀でていることは、自他ともに認めるところであった。

 光秀が他の部将に比べて最も秀でている点は、実は槍働きでも有職故実でもない。信長の逆鱗がどこにあるかを知悉していることなのであった。

 と言うのも、信長の逆鱗はまずその数が多いのだが、厄介なのはそれだけではない。

 信長の逆鱗は、信長のはだえの上を縦横無尽に動くのである。昨日までは確かにあったその場所から消え、今日は突然別の場所に現れるのである。信長に接する者は皆、この滑る逆鱗に戦々恐々としているわけだが、光秀はその動きすらもある程度は予測ができるのであった。艱難辛苦を舐め、忍従に忍従を重ねた光秀だからこそ会得した、いや会得してしまったとでもいうべき才覚であった。

 この才覚により、光秀は信長の勘気を被ったことはただの一度もなかった。光秀は己が評価を高からしめることに加え、低からしめぬことにも長けているのであった。光秀が織田家中における「稀有の将」であるとの自負は、多分にここへ依拠している。

 そして何より、光秀を今ここで殺すことが、織田という新興の勢力にとって何を意味するか、信長に分からないはずがなかった。

 ゆえに、光秀は仮にこのことをあけすけに報じたとしても、貞勝はいざ知らず、信長は己の命までは奪わないだろうと見ていた。しかし、命さえ永らえればそれでよいかというと、そのように物事は単純ではない。さしもの光秀にも焦りが浮かび始めた。

「……どうすればよい」

 思わず声に出た。結論を導き出せないでいる光秀を貞勝が一度見上げ、そしてまた突っ伏してしまった。

 ここは己がひねり出すしかない――。

 光秀は大きく息を吸って、細く吐き出した。暗がりの中、灯明の炎影ほかげが小さく揺れる。

 ことを納めるためには、どのような形にまとめるのかをまずは考えねばならない。そこからさかのぼって、今己がやるべきことを見極めるのだ。

 ここでの最善の「形」とは、言うまでもない。奪われた首を取り返し、獄門台の上に元通り戻すことである。

 しかし、それはすぐにどうこうできることではない。三つの首とそれらをらっした賊の捜索は当然進めねばならないが、捜索すべき場所も人物もまるで見当がつかない今の段階では、時がなさ過ぎた。

 では、別の形とは何か。それはただ一つきりである。

 首など奪われておらぬと装うことである。信長に露見せぬように、出来したことどもを隠蔽するほかあるまい。

「明智どの」

 貞勝が光秀に物を乞うような目を向けてくる。光秀は弱りきっている老吏僚を睨みつけた。

「お静かに」

 光秀は𠮟り飛ばすように言い放った。

 考える頭がいよいよ沸騰してくる。光秀はその焦燥の出処に思いを致した。

 というより、初めからそちらの方が光秀を駆り立てていると言ってよい。

 羽柴はしば藤吉郎とうきちろう秀吉ひでよし

 その小男の存在が、ここ数年光秀の頭を離れたことはない。

 つい最近までは木下きのしたと名乗っていたが、このほど織田家古参の部将である柴田勝家と丹羽長秀にわながひで両名から一字ずつを借り、姓を羽柴と改めた。己が姓の一字を下に置かれた勝家は憤慨したというが、それはさておき、信長は快諾したという。

 実は、光秀は勝家よりも長秀よりも、他のどの織田家中の部将よりも、この羽柴秀吉を恐れていた。「秀吉」という名を聞くだけで頰が引きり、いつの間にか奥歯を嚙んでいる己に気付くのであった。

 何ゆえ己にそのような感情の乱れが生ずるのか、その理由は光秀自身、よく分かっている。

 それは、秀吉が己と同じだからであった。

 もちろん光秀とは異なり、秀吉の出自はいやしい。ゆえに振る舞いも極めて粗野、茶や歌をはじめとする嗜みもおしなべて半可通、その容貌は猿か禿ねずみたとえるが妙――。

 しかし、秀吉は光秀と同じなのであった。それは、光秀と同様に織田家中において生え抜きの部将ではない、ということだけではなかった。

 秀吉もまた、「稀有の将」なのである。

 その戦術はときに突飛であるが、常々最大の戦果を生み出す。まだ光秀が信長の家臣となる前、急死した斎藤義龍の子龍興たつおき率いる美濃との戦の際、秀吉は墨俣すのまたにわずか七日にして砦を築いたという。その砦なくしては信長の美濃攻略は成り得なかったともいう。これらについてはさまざまな尾鰭が付いていると見る向きもあったが、この男ならやりかねないと、光秀は半ばその話を信じていた。

 そしてその異様なまでの人当たりの良さは、天性のものと言ってよかった。秀吉のその底なしの人懐っこさが、相手を否応なく溶かしてやまないのである。

 かつては信長の草履取りだったともいう。ようやく信長と言葉を交わすようになってからは、ふざけた信長によって顔に小便を引っかけられ、その小便を浴びながらありがたき幸せと叫んだともいう。

 そのような卑近な男が、今や多くの配下を束ねる一廉ひとかどの武者となり、今度はとうとう浅井との戦において小谷城を抜いてしまった。噂ではその功あったがゆえ、落とした小谷城に秀吉が入り、ついに城主となるという。

 史上かようなことが日の本に起こっただろうかと、光秀は己の豊富な知識の海に潜った。が、先例のあるわけがない。百姓が城主である。これまで誰も成し得たことのないことを、秀吉は成し得ているのである。そしてその伸長は今も続いているのだ。

 出自にこだわらないという抜擢方針は、織田家ならではの特徴である。ゆえに任意の役目に、才覚に見合う材をてることができる。極めて理にかなっていると言えよう。

 つまるところ、信長も「稀有の将」なのである。そして光秀自身も、その恩恵にあずかっている一人であることは否めない。光秀は、信長の強さの源泉がその「素直さ」にあるのではないかとさえ見ていた。

 しかし、人事に理を追い求め過ぎると、家中の結束に亀裂が入ることは少なくない。湖面に波一つないからといって、湖中も同様とは限らない。表向きは滑らかに言葉を交わす織田家諸将もそうだ。内面には一物も二物も秘している。

 特に宿老とも呼ばれる古参の部将は分かりやすかった。諧謔かいぎゃくという修辞を知らぬがゆえに気の利いた戯言ざれごと一つ言えず、韜晦とうかいという修辞を知らぬがゆえに自尊心を隠すという発想そのものがない。口を開けば自慢話、語ることが尽きればあとは不機嫌そうに口を閉ざし、その様子を察した家臣の阿諛追従あゆついしょうに溜飲を下げる。

 嫉妬はみにくい。しかし、光秀自身もその嫉妬を強烈に抱く者である。はっきりと己で感じてもいた。

 書状は差出人が複数である場合、より重き者を後ろ、つまり左に書く作法があった。光秀は当初将軍義昭の奉公衆でありながら織田家にも出仕していたため、織田家諸将と連名で書状を出す際には差出人の最も左にその名が置かれることが多かった。それが義昭のもとを離れた途端、最も右側に署名することが増えた。織田家においては全き新参者であるからだ。

 それだけならまだよかった。秀吉は光秀よりも織田家に仕えて長い。成果も上げている。つまり、二人で連名の書状を出すときは、秀吉は光秀の左側に署名するのである。たったそれだけで、光秀には己でも驚くほどの怒りと嫉妬が湧き起こるのであった。

 秀吉が妬ましい。秀吉が憎い。何より、秀吉が怖い――。

 一方、秀吉は何の気兼ねもなさそうに光秀を茶の湯に誘ったりするのである。秀吉は茶の作法など何も知らぬに等しいというのに、である。

 過日、光秀が誘いに応じて渋々秀吉の設えたいおりへ二人して入ったことがあった。秀吉は己が光秀のために点てた茶に浮かぶダマを、茶筅ちゃせんで懸命に潰そうとしていた。そうではありませぬ、湯を注ぐ前に少量の水で溶かしておくのでござると教えてやると、

 ――これはこれは、左様でござったか、いやいや、猿が茶を飲むなど、わははは、百年早い千年早い、わははは。

 と大笑いに笑って顔を赤らめ、本当に恥じ入ったような素振りを見せるのである。

 そして光秀は、気が進まなかったはずの己が、いつの間にか秀吉に茶を教えてしまっていることに慄然とするのである。知らず知らずのうちに蜘蛛の巣の上を歩かされているような心地であった。

 このような秀吉に、光秀は会うたびにますます嫌悪と、そしてそれと表裏一体の羨望を認めざるを得ないのであった。

 ゆえに、信長に殺されるかもしれぬと考えることよりも、秀吉に後れを取るかもしれぬと考えることの方が、余程光秀をかき立てるのである。

「明智どの、いかがされよう」

 貞勝の心細そうな声で、光秀は我に返った。

「民部どの。いかがいかがと尋ねるばかりではなく、お手前もご勘案くださらぬか」

 時を稼いでいる場合ではないが、すぐに天から妙案が降って来ない以上、貞勝にも考えてもらうしかない。この体たらくで妙案が出てくるなどとは光秀も期してはいないが――。

 そうこうしているうちに、屋敷の庭に曙光が覗いた。山々の上に東雲しののめがたなびいている。光秀の胸中とは裏腹に、実に清々しい朝であった。庭に繁る木々が、葉も枝も幹も区別なく橙に染め上げられていく。その様を美しいと愛でるゆとりは光秀にはなかった。貞勝に至っては、その様が目にすら入っていないようだった。

 光秀は考え抜いた。

 己の塁をす秀吉に抜かれるわけにはいかない。この件が信長に露見しては、たとえ殺されることはなくとも、光秀は確実に秀吉の後塵を拝すことになってしまうだろう。小谷城を秀吉に与えると信長が決めたならば、秀吉は城主になることになる。あまつさえ、もし秀吉に新城の築城が許されたならば、その時点で秀吉は光秀に並ぶのだ。

 大名の力を測るものさしは数多ある。采地の広さ、貫高、兵の数、領民に対する求心力。そして、戦術の巧拙、敵将との交渉力。さらには優秀な家臣、その数。優秀な子、その数。他国との盟約の際に輿入れするための娘、その数――。

 しかし、築城を許されているかどうかというものさしでは、今それを成し得ている織田家の部将は光秀一人しかないのだ。これは十とか百とかいう量を比べるものではなく、あるものとないものを比べるのであるから、人に訴えかける力はなまなかではない。

 光秀は、織田家中におけるこの優位だけは出来る限り死守せねばならないと考えていた。それが今、揺らぎかけている。

 わしにけちがつけば、ことはどのように転がろう。お屋形さまはどのように思われよう。己が臣はわしをどのように嘆こう。そして、秀吉はわしをどのようにあざ笑おう――。

 光秀は焦燥を何とか抑え、とうとう己がやるべきことを決断した。決断すると、焦燥は次第に引いていった。

 思いついたことは一つしかない。それが最善の手立てかどうかを吟味するだけの猶予も、光秀には残されていなかった。

 光秀は貞勝へ顔を近付け、声を潜めた。

「すげ替えましょう」

 貞勝は眼前の物をよく確かめようとするかのように目を擦った。

「何と。そ、それはつまり」

 浮足立つ貞勝をなだめんと、光秀は唇に人差し指を当てて声を潜めた。

「番兵の首にござります。殺された三人の兵の首に役に立ってもらうのでござる。その者どもを配した民部どのには少々申し上げにくきことにござりまするが、お許しくだされ。何せこれは、火急の件ゆえ」

 光秀はじっと貞勝の目を見据えた。貞勝は光秀のあまりに突飛な案に、須臾しゅゆの間言葉を失ったようだった。

「し、しかし、首が別人にすげ替わっておれば、気付かれよう」

 そして貞勝は、この光秀の案を聞いた誰もが引っかかるであろう点を愚直に指摘した。光秀はもちろんそう問われるだろうことは分かっている。だが、その点についてはさしたる支障はないと踏んでいた。

「民部どのは、御三方の晒し首を見に行かれましたか」

 ここ東洞院三条から六条河原と言えば指呼の間である。しかし、貞勝はかぶりを振った。所詮そのようなところだろうなと思い、光秀は小さく頷く。

「お聞きくだされ。実は先ほど、某のかつての家臣が我がもとに久方ぶりに帰参致しましての。今は控えの間で待たせていただいておる者にござりまする」

「な、何の話じゃ」

 分かりやすく狼狽する貞勝を制し、光秀は続ける。

「聞いてくだされと申したでありましょう。その者が申すには、昼に六条河原をその脚で通った際、晒されておった三つの首を、間近にその目に見たと」

 そこで光秀は、左馬助から聞いた話を持ち出した。

「何でも、首は晒されてすでに日が経ち、肉はただれに爛れ、その臭気たるや言語に絶し、首にたかる蠅の数も尋常ではなかったと」

「それが何じゃと申す」

 光秀はもう一度人差し指を唇に当てる。

「その者は申すのでござります。その甚だしい臭気とむごたらしい肉の爛れた様子に閉口し、皆足早にその場を通り過ぎておった、と」

 ここまで告げると、光秀は己でも不思議だったが、微笑を湛えていた。

「つ、つまり」

「つまり」

 光秀はそこで言葉を区切った。よく聞くのだぞ、と言外に貞勝に命じたつもりである。

「民は首など、もはや見ておりませぬ。それどころか、見まい見まいとしておるのでござる。お分かりか」

 貞勝の顔に、神か仏かに出会ったかのような驚きが徐々に現れていった。曙光が広間の中に差し込み、貞勝の右の頰を鮮やかに染め上げていた。

「民部どの、いかがで」

 そのように貞勝に問うておきながらも、光秀は己の案にはっきりとした自負を抱いていた。貞勝に反論がないことも見越していた。そしてもはや反論どころか、対案すらもこの老体からは出て来はしまいと思った。

 この策しかあるまい。これがうまく運べば、わしも民部どのも無傷で済もう――。

「で、では早速そのように」

 貞勝が泣きそうな笑顔を作って、己が膝に手を置いて立ち上がろうとした。

「お待ちくだされ」

 貞勝が立ち上がろうとするのを、光秀が強い口調で制した。

「ことは慎重に慎重を要しましょう」

「こ、心得ておる」

「では、民部どの。これから我らがなすべきことを、この十兵衛にお教えくださりませぬか」

 貞勝の両の黒目が、揃ってぐるりと円を描いた。

 今、二人がどのようにすべきか貞勝に指南したのは光秀である。その光秀に、なすべきことを教えよとはどのようなつもりか。貞勝の顔にはそう書いてあった。

「民部どの……ことがことにござる。我らが意図がしっかりと合致しておるかどうか、某は証を得たいのでござる。我らはまこと、同じ意図のもと、同じねらいのもと、同じ手段を講じようとしておるのか否か」

 貞勝が額に手をやった。この老齢である。そのうえ一睡もしていまい。もはや使い物になるかどうかも疑わしかった。光秀自身がことに当たるのであればそれでよいが、すでに貞勝の配下の兵が六条河原に立哨している以上、この後のことはすべて貞勝が取り計らうのが筋というものであろう。こうして二人が連携する以上、意思の疎通は必須であった。

 貞勝はうろたえながらも、訥々と言葉を紡いだ。

「ま、まずは、納戸に隠してある番兵のむくろの首を、切り落とし」

「切り落とし」

「ろ、六条河原まで届けさせる」

「それで」

「そ、それで……それで、あとは」

 言葉を探す貞勝に、光秀はかぶせるように言い放った。

「ほうら、分かっておられぬ。民部どの、よろしいか。お手前は、今六条河原に配されておる番兵らをも殺すよう命じねばなりませぬ」

 ひっ、と貞勝は女の悲鳴のような声を上げた。光秀は天眼と称されるその細い目をくわっと開いた。

「当然にござろう!」

 光秀はいよいよ貞勝の眼前にその顔を近付けた。光秀のこれからの行く末が、この処置に掛かっていた。少なくとも光秀自身はそれほどの覚悟でことに臨むつもりであった。

 光秀は貞勝の耳に囁いた。

「口を封じねばなりませぬ。我ら以外の、すべての者の口を……。よろしゅうござりまするか。すでに日は昇っておりまする。まかり間違っても、焦って今立哨しておる兵どもをその場で斬り殺すなどということは慎んでくだされ。その三人が口をかんしたまま亡き者となりさえすれば、やり口は何でもよいのでござる」

 貞勝の唇はわなないている。ただでさえ己が配した者三名を失っているのだ。その上、眠りを妨げられ、急に呼び出された挙句河原の石を護る、何の失態もない代わりの番兵らをも殺さねばならぬ、そのあまりに非情な処置に驚愕を隠せないようであった。

 光秀自身、殺生は憎みに憎んでいる。そのような野蛮な手段を以てしか駒を前に進めることが出来ぬこの乱世に生を享けた己を、呪ってさえいた。

 二年前、信長は光秀ら諸将に向け、己に敵対する姿勢を崩そうとしない叡山の堂宇すべてを焼き討ちにせよと命じた。

 光秀は信長の正気を疑った。

 僧の身でありながら武装し、己が要求が通らぬと知ると暴力に訴えることを屁とも思わず、その屁をひりながら蓄財に明け暮れる愚僧どもが敵とは言え、である。

 お屋形さまは、可否と是非を混同しておられますまいか。「できる」からとて、「すべき」とは限らぬのではありませぬか――。

 その思いが信長の面前で声になることはなかった。

 だが、そこで面と向かって信長に異を唱えていたら、今の己はあるまい。それは信長の逆鱗を撫でる愚そのものである。

 光秀は、信長に向いて高らかに宣した。

 お屋形さま、お任せくだされ。この十兵衛が叡山のすべての僧どもを、ぜひともなで斬りにしてやりましょうぞ――。

 それが織田家の部将たる「正しき」姿である。光秀はそのときそう悟ったのであった。

 信長は間違いなく不世出の人間であった。光秀が義昭を見限って信長の家臣となった理由は、そこにこそある。この織田信長という男は、今後己の障りとなるもののすべてを蹴散らすだけの力を持っている。信長が己になびかぬそのすべてを蹴散らしきったあとの世では、無益な殺生も払底しているはずである。

 叡山全山を焼き尽くす炎が夜空を真っ赤に染めるのを見上げながら、光秀は修羅の求められる世を終わらせるために、修羅となることを決意した。そのような光秀にとって、番兵三人を新たに軀にする決断を下すなど、一片の躊躇もあるはずがなかった。

 だが、貞勝がそこまで冷酷に物事を処断できるとは光秀には到底思えなかった。そのようにはできぬからこそ、こうして深更にわざわざ光秀を坂本城から京まで呼び寄せているのに違いなかった。

「民部どの、お覚悟を決めなされ」

 光秀は畳みかけた。

「久政どの、長政どの、義景どの。御三方の首も、どうせこのあとお屋形さまによってどこぞの寺へと蹴転がされるだけの運命にござる。我々があと数日口をつぐんでおれば、三つの首に海苔のように張り付いたはだえは爛れきり、滑り落ち、誰の首か、いや誰のしゃれこうべかも分からぬようになりましょう」

「しかし……」

 貞勝はなかなか承知しなかった。光秀としては早く行動に移したい。すでに日は昇りつつあるのだ。一刻の猶予もなかった。

「……分かり申した。ならば、某がことに当たりまする」

「ま、待ってくれ」

 貞勝が立ち上がる光秀にしがみ付いた。

「某が、某が。どうか、どうか」

 光秀は己の右脚にまとわりつく貞勝の、銀のもとどりを睥睨した。

 愚物が――。

 貞勝の心中は、分かり過ぎるほどに分かる。

 これ以上光秀に貸しを作ると、己のこれからがどうなることか分かったものではない。ここは己のやるべきことをしかとやったという実績を残さねばならない。そうせねば、一生光秀に頭が上がらなくなる。そのような打算が働いたに違いなかった。

「では民部どの、早々にことに当たられたく。民部どのには、先ほど申した我が配下の、明智左馬助と申す者をお付け致しまする。手練れの、口の固き、我が家中随一の武者ゆえ、ご懸念は無用にござりまする。何でも仰せ付けくだされ。某は人目に付かぬうちに坂本に戻り、吉報をお待ち申し上げまするゆえ」

「し、承知した」

「それから」

 光秀は貞勝の震える両肩をその手でがっしりと摑んだ。骨と皮だけの貞勝の肩は、今にも砕かれんばかりであった。光秀は構わず続けた。

「奪われた首の捜索も忘れてはなりませぬ。……民部どの、どのような意味か、お分かりにござるな」

 貞勝はとうとう平伏した。

「き、貴殿はかつて、朝倉どのの麾下きかにおられたと聞く。ゆえに、朝倉どののご供養をご自身でなされたい……か」

 奪われた首の一つ、朝倉義景は光秀がかつて流浪の身となっていた頃、その光秀に衣食住を世話してくれた、大げさでも何でもなく光秀の、いや明智の恩人なのである。貞勝の当て推量は全くの見当違いということではなかった。

「そのようなことはもはや……関わりのないことにござりまする」

 光秀はすでに義景と袂を分かって久しい。今度の浅井・朝倉との戦において、光秀は義景のある越前の攻め手に加わった。躊躇などなかった。そして、義景はもうこの世にない。ここでたとえ光秀が義景のために涙を流したとしても、その雫が潤すものは何一つないのだ。

「どこから足がつくか分からぬ、ということにござりまする。申したでありましょう、我ら以外のすべての者の口を封じねばならぬと。首を拉した賊どもも当然始末せねばなりませぬ」

「目串は差せて……おられるのか」

 光秀は小さく首を左右に振った。

「……今はまだ。概ね、叡山の生き残りどもがせめてお屋形さまに一泡吹かせんと企んだほどのことにござりましょうが……」

 信長と叡山の関係は三年前の志賀の陣より以降、悪化の一途をたどっている。越前の朝倉に攻め込んだ信長を長政が背後から突いた後、叡山は浅井・朝倉軍をその広大な山内に匿い、反旗を翻したのである。ゆえに叡山が信長憎しに加えて、浅井と朝倉へせめてもの弔いを、という話はあり得ないことではなかった。

「で、では、叡山にも探りを」

 貞勝はもはや諾としか言わない人形と化している。光秀は顎を小さく引きつつも、この所業については誰の指図によるものか当たりが付けられているわけではない。

 何せ、信長には敵が多過ぎた。

 浅井・朝倉両家の生き残りが恨みに任せて奪ったとも考えられる。このほど都を追われた将軍義昭の嫌がらせとも思えるし、信長に弾圧を受け続けている一向門徒の暴発という見方も成り立つ。

 いずれにせよ、それをここで吟味していてもらちは明かない。取り急ぎ、今やるべきことはここに決した。

 光秀はその場を立ち去ろうとして足を止め、貞勝に振り返った。

「民部どの、この件について我らでやり取りの入り用が生じた折は、なるたけ書状にはしたためぬよう、ご配慮なされませ」

「それは、承知しておる」

 生気を取り戻さんとしている貞勝であったが、光秀はそのやつれ切った顔に一切安堵を得られなかった。

「どこでどのようにして他へ漏れるか分かったものではござりませぬ。どうしても書状にしたためざるを得ぬときは……符牒を用いましょう」

「符牒……して、いかな符牒を」

 光秀は親指を立てて顎を擦り、黙考した。

「左様……じゃ、あるいは蛇の件などとなさるよう。某もそのように致しまする」

「蛇。蛇にござるか。明智どの、それはいったい」

「蛇の姿を思い浮かべなされ。蛇は……首がどこにあるか分かりませぬ。では、御免」

 光秀は呆然と立ち尽くす貞勝に一揖し、控えの間に待たせてあった左馬助を従え、貞勝の屋敷を出た。

 日はすでに東山のすべてを照らしている。つないであった馬に跨る直前、光秀は左馬助にことの要諦を囁いた。左馬助は瞠目した。

 急ぎ貞勝どのと六条河原へ向かい、細大漏らさず見届けたのち、事の仔細を坂本の城まで届けよ――。

 命じられた左馬助は諾の意を示しつつも、少々驚いているようであった。

「いかがした」

 馬上にある光秀が問うと、左馬助は首を左右に振って微笑を見せた。

「いや、申し訳ござりませぬ。今の殿は、まるでかつての殿のようにござりましたゆえ」

「かつてじゃと」

 光秀が訝ると、左馬助は小さくおとがいを左右に振った。

「あ……いや、こちらの話にござる」

 そこへ、貞勝の馬が口取りに引き回されて、ひょこひょことうまやから出てきた。光秀は馬上の貞勝のもとに駆け寄り、貞勝に耳を近付けるよう促した。

「民部どの……そのようなご立派な白鹿毛しらかげに乗ってゆかれれば目立ちましょう。徒歩かちでお願い致しまする」

「そそ、そうか」

 貞勝は従者に支えられ、ようやっとという体で鞍からすべり降りた。従者は従者で青瓢簞が髷を結ったような姿形で、どう見ても手練れには見えないどころか、腰に差した二本の刀すら重そうに映った。この青瓢簞もまた、このあと貞勝によってほふられる運命にある。

 左馬助は二人の後ろに従い、朝日の中へと溶けていった。

 その姿が見えなくなると、光秀は兵介らとともに朝靄の中を坂本へと馬首を向けた。


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