- 2015.01.27
- 書評
進化には途方もない時間がかかるという考えは、間違っている
文:渡会 圭子 (翻訳家)
『私たちは今でも進化しているのか?』 (マーリーン・ズック 著/渡会圭子 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
進化というと、とてつもなく時間がかかるというイメージがある。最近、鮭のサイズが、この2万年で大幅に小さくなっているというニュースがあった。2万年というのは進化というものさしではほぼ一瞬と言われるが、それでもはるかに遠い昔の話だ。けれども最新技術を用いた研究により、考えられていた以上の速さで進化する性質がいくつもあることが明らかになった。著者のズックらが発見したハワイ諸島に生息するコオロギは、5年未満(だいたい20世代)でオスが鳴かなくなったという。その理由はコオロギに寄生するハエに見つからないようにするためだ。オスのコオロギが鳴くのはメスを呼ぶための求愛行動なので、鳴かなくなるとメスに見つかりにくいという不利益が生じる。しかしそれ以上に、ハエを避けることのほうが重要だったのだ。この変化は「人間に当てはめてみると、グーテンベルク聖書の発行(1455年)から『種の起源』の出版(1859年)までの間に、人間がいつのまにか話せなくなったのと同じである」という。ズックがこのコオロギを発見したのは2003年、ごく最近のことだ。これほどわかりやすい進化を目の当たりにしたのはズックにとっても驚きであったようで、第3章の描写からは、発見したときの混乱と興奮がまざまざと伝わってくる。
とはいうものの、人間ではそこまで速い進化は起こらないのではないか。いや、そんなことはない、とズックは主張する。たとえば、チベットの高地に住む住人には、高山病を起こさないための、独特な遺伝子変化が認められた。それがいつ起こったのかという予想には幅があるが、もし3000年以内のことなら、これまでで最速で進化した性質になるという。遺伝子変化が確認されていなくても、自然選択は私たちの身近で起きている。その例として、特定の地域で数世代にわたって行なわれた調査結果があげられている。その地域に住む女性は、調査された期間で身長が低く小太りになる一方、コレステロール値と血圧は低くなったという。
それなら最近の日本の若者の脚が長く、顔が小さくなっているのも自然選択の結果なのだろうか。芸能人やミスコン参加者に限らず、近所のティーンエージャーを見て、そのスタイルのよさは驚くことがある。1世代前(つまり私を含めた親の時代)とは明らかに平均値が違っているように思える。これは食事の変化や、テーブルに椅子といった生活習慣の影響だけではなく、脚が長いことが子孫を残すうえで有利になるという、自然選択が働いたせいなのだろうか。まだ確認されていなくても、実は遺伝子レベルでの変更が起こっているのだろうか。なぜそれが有利になるのか、そのトレードオフとして何か不都合なことが起きているのではないか。そして今後もさらに、日本人のスタイルは向上し続けるのだろうか。
いや、“向上する”という考え方は、「生物が完全に適応できる環境がどこかに存在する」「生物はある理想の姿に向かって進化する」という、ズックが批判している思考に毒された見方かもしれない。これから大きな環境の変化があれば、逆に脚が短く顔が大きいことが生存競争において有利になり、自然選択によってその方向に進化が向かう可能性もあるのだ。
(「訳者あとがき」より)
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