まず、あなたがとても好きな人を思い出してください。生きている人でも死んでいる人でもいい。ミュージシャン(姫野カオルコ)やバレエダンサー(松田青子)でもいい。寄席(春風亭一之輔)やコンビニエンスストア(村田沙耶香)でもいいんです。ラヴレターは書く人と、恋の対象があれば、なんだって成立するんです。
あなたの好きな「○○さん」と初めて会ったときから何年たつのでしょうか。「○○さん」と会わなくなってからどれくらいの時間が過ぎているのか。会えなくなるまでのプロセスは? 相手には言えなかった深い事情は?
ほら、もう書けるでしょう。書いてみればいいんです。絶対に書いてください。できれば、紙に書いてくださいよ。書き損じることはあっても、想いは消えませんからね。
さて、長くなりました。
くどい文章は嫌われますからね。最後に上級編というか、これは凄いというラヴレターの作り方を考えてみます。
書き出しがきちんとしている。率直な想いも伝わってくる。でもそれだけじゃ物足りないじゃないですか。
贅沢な悩みかもしれませんが、ラヴレターを書いて、それが成就したときには「思い出づくり」から「人生の一大事」に見事昇格するのです。ぜひとも上級編にチャレンジしてください。
桐野夏生「伯父様はきっと、老婆になった私でも可愛いと思ってくださることでしょうね。伯父様はあらゆるものに美を認められる、稀有な方でしたから」
山中千尋「あなたと出会うべき状況で再び出会ったとしたら、一緒にお酒を飲んで、ちょっと羽目をはずせたら楽しいかなあと思います。少しばかり酔ったら、酔いをさましに一緒に泳ぎませんか。わたしの家の近所に女子校のプールがあって、夜中にいつでも忍び込むことができます」
俵万智「君の死を知らせるメールそれを見る前の自分が思い出せない」
西川美和「あれは確か、お別れの手紙だったよね。愛の言葉の綴られた、熱い熱い、お別れの手紙。たまらなかった。あんな手紙を人にもらったのは初めてだったから」
長塚京三「もしあの頃に戻ることができたなら、ぼくは一直線にきみのもとへ駆けつけるだろう。そして、全力疾走のその勢いのまま、きつく、きつく、きみを抱きしめたい」
どうですか。極上のラヴレターには、殺し文句がありました。殺し文句というだけあって、実は怖いところもあるんです。恐怖というのも、じつは恋愛の本質なのかもしれませんね。
ここまで『ラヴレターズ』に収録した26通のラヴレターをすべて、ざっくりとではありますが紹介させていただきました。
最後の最後にはラヴレターの教科書、島田雅彦さんの殺し文句をどうぞ。
「君がいない世界はさながら放射性物質に汚染された楽園だった。表面的には美しいが、誰もが逃げ出す楽園である。ここには一切の希望がない分、気楽でいられる。しかし、君とよく似た人を見かけると、放っておけない。君を葬っても、恋を葬ることはできなかった」
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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