本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
京大ミステリ研の先輩・後輩が語る、学生時代の思い出と創作の裏側(後編)

京大ミステリ研の先輩・後輩が語る、学生時代の思い出と創作の裏側(後編)

「本の話」編集部

『赤い博物館』 (大山誠一郎 著)/『キングレオの冒険』 (円居挽 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

新作に影響を与えたミステリ小説

――最後に、お二人から、新作に関連する先行作品を選んでいただきましたので、紹介していただきましょう。

大山 では、短篇ごとに関連作を挙げさせていただきます。

「パンの身代金」の関連作は、高村薫さんの『レディ・ジョーカー』。商品を「人質」に取った企業恐喝という点で、参考にさせていただきました。

 といっても、この作品は本格ミステリではなく、むしろその対極にあります。本格ミステリと違って、何一つ割り切れず、すべてが不透明なんです。作者は、明晰な文章でもって不透明さを描き出しています。本格ミステリはすべてが割り切れることを期待する世界ですが、割り切れてばかりいると、まるで空気を切っているような不安な気分になってくる。そうしたとき、不透明な世界に触れることは、逆説的ですが確固たる地面を踏みしめたような安心感を与えてくれます。

「復讐日記」の関連作は、ニコラス・ブレイクの『野獣死すべし』と、法月綸太郎さんの『頼子のために』。『野獣死すべし』は、「復讐手記もの」の嚆矢となった名作で、倒叙ミステリのようにして始まった物語が一転してフーダニットになるという構成の面白さと、手記の文学性、悲劇性に大変な衝撃を受けました。そして、『頼子のために』は、『野獣死すべし』のオマージュであり挑戦になっています。

『野獣死すべし』の日記は、6月20日に始まり8月21日に終わるのですが、『頼子のために』の日記は、翌日の8月22日に始まっています。「復讐日記」でも、この2作へのオマージュであり継承であることを示すため、日記を、『頼子のために』の日記が終わった翌日、9月1日から始めています。

「死が共犯者を別つまで」の関連作は、まず法月綸太郎さんの4作『キングを探せ』、「リターン・ザ・ギフト」(『法月綸太郎の新冒険』所収)、「宿命の交わる城で」(『犯罪ホロスコープII』所収)、「ダブル・プレイ」(『しらみつぶしの時計』所収)、そして麻耶雄嵩さんの「交換殺人」(『名探偵 木更津悠也』所収)です。私は法月綸太郎さんの大ファンで、法月さんが扱ったテーマはすべて自分も扱いたいと思っているので、「交換殺人」は、当然ながら挑戦しなければならないテーマでした。

「炎」については特に意識した作品はありません。「死に至る問い」に関しては、影響を受けた先行作品というわけではないのですが、書いているときに、「同一犯か模倣犯か」という同じような謎を扱った作品がないかと探していたところ、見つけたのが『模倣犯 ――犯罪心理捜査官セバスチャン――』(上・下 M・ヨート&H・ローセンフェルト)です。もちろん、拙作とはまったく違う処理の仕方をしています。

――では、円居さんお願いします。

円居挽

円居 1冊目は、カーター・ディクスン『ユダの窓』です。密室トリックが有名な作品ですが、何者かに陥れられた無実の人間を弁護する話、ということで挙げてみました。密室で死体と一緒に見つかった被告人を弁護するのですが、その弁護していく過程がものすごくおもしろい。それまで、ミステリといえば単調な問題篇とおもしろい解答篇というイメージがあったのですが、これは問題篇がおもしろいという奇跡の作品です。『キングレオの冒険』の5篇目「悩虚堂の偏屈家」も同じような趣向なので、書く際に意識しました。

 2冊目は、天才探偵とそれに振り回される助手が登場する作品ということで、麻耶雄嵩さんの『メルカトルと美袋のための殺人』。とても説明しづらい作品集なのですが(笑)、ミステリ作家にとって魅力的な趣向が尽されています。僕は麻耶さんから、意識していないところでかなり影響を受けていますね。麻耶雄嵩というのは、それだけ人の心に爪あとを残す作家なのだと思います。

 そして3冊目は、エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事(1)』。これは、まずインパクトのある謎を投げておいて、それがたとえ変な導入でも何とかして着地する、という点で影響を受けました。解決はたまにあさっての方向に行くこともあるんですが、つかみだけでどこまでやれるかというのを意識して真似しています。

(2015年9月22日 MARUZEN&ジュンク堂書店 梅田店 7Fサロンにて)

大山誠一郎
『レディ・ジョーカー』高村薫(新潮文庫)
『野獣死すべし』ニコラス・ブレイク 永井淳 訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『頼子のために』法月綸太郎(講談社文庫)
『キングを探せ』法月綸太郎(講談社文庫)
「リターン・ザ・ギフト」(法月綸太郎『法月綸太郎の新冒険』所収/講談社文庫)
「宿命の交わる城で」(法月綸太郎『犯罪ホロスコープII』所収/光文社文庫)
「ダブル・プレイ」(法月綸太郎『しらみつぶしの時計』所収/祥伝社文庫)
「交換殺人」(麻耶雄嵩『名探偵 木更津悠也』所収/光文社文庫)
『模倣犯 ――犯罪心理捜査官セバスチャン――』M・ヨート&H・ローセンフェルト ヘレンハルメ美穂 訳(創元推理文庫)

円居挽
『ユダの窓』カーター・ディクスン 砧一郎 訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『メルカトルと美袋のための殺人』麻耶雄嵩(集英社文庫)
『怪盗ニック全仕事(1)』エドワード・D・ホック 木村二郎 訳(創元推理文庫)

 

文春文庫
赤い博物館
大山誠一郎

定価:858円(税込)発売日:2018年09月04日

文春文庫
密室蒐集家
大山誠一郎

定価:748円(税込)発売日:2015年11月10日

文春文庫
キングレオの冒険
円居挽

定価:869円(税込)発売日:2018年04月10日

プレゼント
  • 『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/19~2024/4/26
    賞品 新書『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る