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本格ミステリ好きは何をおいても読むべし

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文:千街 晶之 (ミステリ評論家)

『密室蒐集家』 (大山誠一郎 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 ここで、著者の作品の殆どに、既成の作家、特に英米古典本格の巨匠たちへのオマージュが見て取れることを指摘したい。「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」はカーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カーの別名義)の『爬虫類館の殺人』(一九四四年)を踏まえているし、『アルファベット・パズラーズ』はエラリー・クイーンやニコラス・ブレイクの作品を意識している。『仮面幻双曲』はカーのデビュー作『夜歩く』(一九三〇年)へのオマージュだ。では本書は……と考えると、密室蒐集家という名探偵の設定に、アガサ・クリスティーの短篇集『謎のクィン氏』(一九三〇年)を意識した点があるのではないかと推測される。この作品の探偵役ハーリ・クィンは、恋愛絡みの事件があるとどこからともなく出現し、謎を解くといつのまにか姿を消しているという不思議なキャラクターである。道化師を意味するハーリ・クィンという名前は当然仮名だろうし、彼が生身の人間ではないことを暗示する描写もあちこちに見受けられる。この異色の名探偵へのオマージュとして書かれた作品には西澤保彦の短篇集『リドル・ロマンス 迷宮浪漫』(二〇〇三年)があるけれども、本書も同系列に属しているのかも知れない。

 ただし、『謎のクィン氏』と本書には異なる部分もある。前者では事件自体もやや突飛で幻想味を帯びているのに対し、後者は探偵役こそ幻想的ながら、事件そのものには極めて論理的な謎解きが用意されている点だ。にもかかわらずこのようなスーパーナチュラルな探偵役が生み出された理由としては、探偵が事件に関わるまでの経緯の説明を省き、事件とその解明のみに焦点を絞りたいという思いと、あらゆる時代、あらゆる場所での事件を、アプローチを変えながら描けるというメリットが考えられる。そのアプローチの多彩さを、ここから一作ずつ紹介していきたい(「佳也子の屋根に雪ふりつむ」「少年と少女の密室」の二作以外は単行本のための書き下ろしである)。

「柳の園」の舞台は一九三七年、京都。女子校の音楽室で教師が射殺されたが、現場は密室状態だった。翌日、事件の目撃者の生徒と、その叔父である京都府警の警部が事件について話し合っていたところに、密室蒐集家を名乗る男が現れた。彼は二人から事件の経緯を聞き終えるなり「真相がわかりました」と宣言する。

 本書の中では最もオーソドックスなシチュエーションの作品だが、発表時、謎の解明の甘さが指摘された問題作でもある。だが今回の文庫版では事件の状況が一部変えられ、真相に到達する推理も遥かに丁寧なものとなっており、完全に面目を一新した出来映えと言える。自作の彫琢(ちょうたく)を怠らない著者の姿勢が窺える作品だ。

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密室蒐集家
大山誠一郎・著

定価:本体660円+税 発売日:2015年11月10日

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