インタビューほか

公開対談
綿矢りさ×道尾秀介
小説家は幸福な職業か?

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL(別册文藝春秋 2014年5月号より)

第150回を迎えた芥川賞・直木賞を記念して行われたフェスティバルでスペシャル対談が実現! 普段から親交のある綿矢りさ・道尾秀介の二人が、賞の垣根を越えて語り合った「小説家」という職業の醍醐味とは――

心で書いて、頭で書き直す

綿矢 では、質問です。道尾さんは主体的に生きている人間だと思いますか。それとも客観的に生きているほうですか。小説を書く上での自分はどっちですか。

道尾 うーん、考えてもよくわからなくって、どっちもな気がする。いちばん合っている言葉は「自分自身を放し飼いにしている」かな。暴れたり、人を噛んだりしない自信があるからリードをつけてはいないけど、でも明確に飼ってはいる。

綿矢 書いているときですか、それは。

道尾 どっちもなんですよ。僕、普段と、書いてるときと、ほとんど変わらない。カンヅメなんかもしたことがないし、むしろ環境が変わると書きづらいんじゃないかと思って、余計なことを考えず、できるだけ人格を変えないようにして書いてます。

 ショーン・コネリー主演の「ファインディング・フォレスター」という映画があるんです。隠遁生活を送っている伝説の作家を黒人の少年が探す物語。その作家が劇中ですごくいいことを言っていて、少年が小説の書き方を尋ねたとき、「心で書いて、頭で書き直す。それだけだよ」って言うの。

綿矢 それ、わかります。「心で書いて、頭で書き直す」。脳の旧皮質ってあるじゃないですか。旧皮質が本能の部分で、それを囲んでいる新皮質が後天的に人間が獲得した知性をつかさどる。道尾さんが言ってるのも、旧皮質人間の本能の部分で言葉を紡ぎ出して、それを新皮質がブラッシュアップするってことでしょう。「放し飼い」っていう言葉、感覚としてすっごくよくわかる。脳の奥の方から出てくる、言語化されていない衝動をつかまえるような感じですよね。

道尾 最初から頭で書こうとすると、それが出てこないんだよね。

綿矢 そうなんです!

道尾 桃井かおりさんが新聞のインタビューで恩師のことを語っていて、桃井さんは若い頃から女優になると決めていたから、学校の美術の時間が面倒くさくて仕方なかったんだって。あるとき彫刻を模写する授業があって、面倒なので写真に撮って、写真の上に透写紙を置いてそれを書き写した。そしたらそっくりの絵が描けたわけです。

綿矢 ふふふふ、すごい!

道尾 そしたらみんなの前で先生に呼び出された。美術の先生には一発でばれてたんですね。けれど先生は、「こういうやりかたは思いつかなかったよ」と桃井さんをほめた。ほめられてきょとんとしている桃井さんに、その先生が最後に言ったんですって。「でも、これだと見えるものしか描けないよね」って。

綿矢 かっこいい先生ですね。

道尾 その言葉が桃井さんの人生を変えたんだそうです。やっぱり、心で描くってことですよね。大事なのは。

綿矢 それ、ほんとに絵だけじゃないですよ。それに乗っかって、さらなる質問です。小説も、そうやって心の中から出るものを書いてると思うんです。でも、仕事でそれをあふれ出してたら、私生活の方に不備が出てきませんか? 「心で書く」ということができるようになったが故の、日常生活の不都合ってないですか? 道尾さんは、ちゃんと距離を置けてます?

道尾 僕はやっぱり基本的に、本はお金を出して買ってもらうものという意識があって、いくら「心で書く」ことを忘れちゃいけないとは思いつつも、そこから1回離れて、「頭で書き直す」ことでバランスをとってます。頭で書き直しながら「何でこんなことを書いたのかな自分は」と考えて、そこでストーリーを変えたりもするし。

綿矢 なんだか直木賞と芥川賞の違いを感じます。私、これまで賞という概念で作家を見たことがなかったんですけど、直木賞の人と話すと、頭の部分で書き直す層がぶ厚い感じがする。芥川賞は、頭で書き直すところが薄くて、手入れをしてない荒れ果てた原野が広がる感じ。直木賞作家がプロデュース力を持ってるのに対して、芥川賞の人は「俺はこう思ったんだ!」みたいなむき出しのパトスを、くるまずに出す人が多いのかもしれません。

【次ページ】読者の描く絵を見てみたい

別册文藝春秋 2014年5月号

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