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公開対談 綿矢りさ×道尾秀介 小説家は幸福な職業か?

公開対談 綿矢りさ×道尾秀介 小説家は幸福な職業か?

第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL(別册文藝春秋 2014年5月号より)


ジャンル : #小説 ,#エンタメ・ミステリ

雪だるまの生まれる瞬間

道尾 じゃあまた質問。カーペンターズに「レイニー・デイズ・アンド・マンデイズ」という歌があります。そのサビの部分に「get me down」とあるのを、綿矢さんならどう訳しますか?

綿矢 ……そうですね、「私を落ち込ませる」とかじゃないですか。違いますか?

道尾 これ、別に正解はないんです。きっと歌に出てくる「私」は、雨の月曜日に何かがあったんでしょうね。それ以来、私は、雨の日と月曜日が「get me down」だと。僕の訳はね、「やりきれない」。これがいちばんぴったりかなと思ってます。

綿矢 やりきれない雨の月曜日ね……。カーペンターズの曲って、やりきれないものが多いですよね。メロディは美しいけれど、音にもの悲しさがあって、泣きやんだあとの一瞬の希望を見せてくれてるような感じ。カーペンターズはすごく好きなんですけれど、ずっと聴いてると、「get me down」な状態になりますよね。

道尾 じゃあ最後の質問です。作品を書いていて、これで完成、できあがったと判断するタイミングはいつですか。

綿矢 終わった、という感じがするときですね。手芸でいうと、布と布をぎ合わせて、最後を玉結びにしたとき。自分なりの玉結びができたら、終わった! と思います。でも、その玉結び感がまやかしだったんじゃないかと思うことが時々あって、私、読んだ人によく言われるのが、「え、これで終わり?」って。自分ではしっかり玉結びをしたつもりなのに、読者が見たら思いきり糸がほどけてたってことなので、終わった感、ジャーン! という感じをもっと出せるようになりたいなと、これは昔から思ってますね。

道尾 アンデルセンの童話に、冬、子どもたちが雪だるまを作る話があるんです。そこに、雪だるまは子どもたちが万歳をした瞬間に生まれます、って書いてあるの。

綿矢 えっ!

道尾 雪だるまにも、完成形ってないでしょう。作ろうと思えば、いつまででも作っていられる。でも、子どもたちが「できた!」って万歳した瞬間に、雪だるまは生まれるんです。すごく象徴的な話だと思う。

綿矢 本当にそうですね。

道尾 小説を書いていても、なかなかそういう瞬間って来ないけど、でも、心から「できた!」って言えたときのうれしさといったら、もうね……。小説家でよかったなと思いますよね、あの達成感は。

綿矢 やっぱり終わったときがいちばんうれしいです。よかった、大丈夫だった! って、ようやく安心できる。

道尾 それですぐ編集者に送ってね、メールが返ってきたと思ったら、「すみません、いま海外にいます。来週ご連絡します」。あれ、すごいがっかりするよね(笑)。

綿矢 いち早く読んでほしいのに(笑)。

道尾 小説家ってまあ、幸せな職業ですよね……いまのところ。

綿矢 いまのところですか(笑)。そうですね、万歳感があるとやっていけますね。でも、幸福かどうか、私は模索中かな。わかんないな、まだ。

道尾 作家にとって何が幸福かっていうと、売れようが売れまいが関係なく、自分が満足できる小説を書きつづけることじゃない? 売れる本ってどうしても読みやすい作品で、たとえば地方のお土産屋の売り上げランキング1位と同じ感じになってしまう。食べてみると、美味(おい)しいことは美味しいんだけど、これ嫌いな人はいないだろうなっていう味。こうすれば売れるってやり方はたくさんあって、それは僕もわかってるけれど、そこで競争する意味は感じられないから、このままがいいですね。

綿矢 私はやってみたいですけどね。

道尾 本当? やってみたい?

綿矢 はい。やって惨敗して帰ってきたい(笑)。自分なりのプロデュースをして、これは絶対売れ線だと思って、でも惨敗(笑)。いろんな道がある中で、あえて売れ線を目指す猛々(たけだけ)しさにあこがれます。

道尾 カーペンターズでいうと、「トップ・オブ・ザ・ワールド」みたいな路線?

綿矢 すっごいやりたい! 「トップ・オブ・ザ・ワールド」になればいいですけどね……。

道尾 「トップ・オブ・ザ・ワールド」みたいな作品を書いて、小説界のトップ・オブ・ザ・ワールドを目指すということで、うまく終わったでしょうか(笑)。

綿矢 今日はありがとうございました。

道尾 ありがとうございました。

(2014年3月1日「第150回記念芥川賞&直木賞FESTIVAL」丸ビル1階「マルキューブ」にて)

別册文藝春秋 2014年5月号

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