「保健体育」の教科書の体裁で、「性とは?」「生きるとは?」を大真面目に説いて10万部のロングセラーとなった『正しい保健体育』。その続編である『正しい保健体育II 結婚編』と2冊合わせて文庫サイズにした『正しい保健体育 ポケット版』が発売になりました。その「あとがき」部分をご紹介します。
いかがでしたでしょうか。皆さんはいま、これでほぼ、思春期から老後に至るまでの、「正しい」人生の道のりを把握できたと、思っているところではないでしょうか。
しかし申し訳ないことをお伝えしますが、それは、誤解です。
そもそも、皆さんが学校で学んだ「保健体育」ですが、これも皆さんの役にはそれほど立たなかったはずです。なぜかといえば、それは「平均」を教えているからです。日本人の平均、中学生の平均、大人の平均、老人の平均、男の平均、女の平均。
しかし平均はあくまでも平均で、そこにぴたりと合致する人など、ほぼいません。
本書はそんな既存の「保健体育」からこぼれた、どちらかといえば文化系男子の生態と成長を中心にお伝えしてきましたが、これも、そんな文化系男子の、あるひとつのモデルケースにすぎません。
結局、先生も皆さんも、それぞれの「個人」なのです。学校で学ぶ「保健体育」も、先生が教えてきたこの「正しい保健体育」も、あくまでも「参考」にするためのものなのです。
ただ、こんな本を手に取っていま読み終わろうとしているということは、皆さんは大きなものに所属することを好むことはなく、多数の人々と共有できる趣味などを持つこともない、「自分塾」を開講してきた人であろうと想像できます。
男は精子の争いの末に生まれたから、福男のような競争を好むと、教えました。男には生まれる前から、戦うことが本能として備わっているのです。この本能を抑制せずに発揮してしまうと当然、戦争になってしまいます。
それを防ぐために、教育があり社会があり宗教があり趣味がありスポーツがあるのですが、今度はまたその中でもどちらが正しいか、どちらが優れているかで争いが起きてしまう。
高校や大学に進学するにも「受験戦争」と呼んでしまう。サッカーの国際試合でファンは相手国を罵倒してしまう。先生はかねがね、サッカーが好きなら「ニッポン!」などと応援せず、「サッカー!」と応援すべきだと力説しています。