- 2015.06.19
- 書評
ピース又吉と太宰治の因縁! 芥川賞選考会の謎に迫る
文:鵜飼 哲夫 (読売新聞文化部編集委員)
『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』 (鵜飼哲夫 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
報道解禁は6月19日金曜日朝刊とあり、この日から一斉に候補作が公表されたが、この6月19日は、昭和23年に玉川上水で情死した太宰の遺体が見つかった日、「桜桃忌」に当たる。そして、ちょうど80年前の夏に行われた第1回芥川賞では、「逆行」で候補になった太宰は落ちている。選考委員の川端康成が、〈私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった〉と選評に記したことで、落選劇は事件になった。これに対して、太宰が、〈私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思いをした。小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った〉という文章を雑誌に公表し、小鳥を飼い浅草のレビューを見ることを好んだ川端に嫌味を書いたからだ。
師と仰ぐ作家が落ちた賞の候補になった又吉の作品は、選考委員の作家からどう評価されるか。結果に対する又吉の反応は……。「今日の新しい文学」とは何か。それを示す選考会の議論と、選評はこれまでにもまして注目されることであろう。
賞は貰う人がいれば、落ちる人もいる。これがあらゆる賞の宿命である。そして、賞には選考委員がおり、受賞作を推す委員がいれば、落ちた作品を推す選考委員もいる。伝統と歴史がある芥川賞は、安部公房「壁」、大江健三郎「飼育」など、優れた作品を世に送り出してきたが、一方で落ちた作家も太宰をはじめ、檀一雄(後に直木賞受賞)、織田作之助、中島敦、倉橋由美子、村上春樹らこれまた豪華であり、彼ら落選者を強く賞に推した選考委員もいた。落ちた作家が話題になる。そんな賞は芥川賞ぐらいしかないのは、当代一流の選考委員が、川端の太宰評のように、自らの文学観を賭けて選評を書き、それが面白いからである。選評がきっかけで場外乱闘が起きたのは太宰の「芥川賞事件」だけではない。石原慎太郎の「太陽の季節」も毀誉褒貶の嵐で、「太陽族」は流行語にまでなった。
『芥川賞の謎を解く』では第1回から第152回までの1400本以上の選評を読み、選考会場という「密室」で起きているドラマの現場に迫った。川端康成と三島由紀夫の意見対立があり、大江健三郎の村上春樹文学の否定と、その後の肯定への変化が選評から見えて来る。
三島、川端の全集に、芥川賞の選評が、小説やエッセイなどとともに収録されているように、選評も作家にとって文学表現である。本書では、これに倣い、選評を一個の文学表現として読んだ。〈こんどの芥川賞は、『無』から『有』を無理に生ました〉など、選考委員の顔の見えるユニークな選評が多い。文学観を如実に示すものもあれば、推した作品が通ったときのうれしさ、落ちたときの歯ぎしり、無念、唖然茫然……もある。こうした選評の表現の変化を通して、昭和・平成の文学史を概観した。文芸を担当する記者として芥川賞を取材して四半世紀。折々の作家の芥川賞への思いも取材メモから引いた。芥川賞が、文学が、より身近で面白いものに感じられるはずだ。