書評

清張さんの「知的好奇心」

文: 重金 敦之 (朝日新聞社社友・常磐大学教授)

『昭和史発掘〈新装版〉』 (松本清張 著)

 私がよく聞いた言葉は「リアリティ」だった。小説にはリアリティが重要だと、しつこく言っていた。小説のリアリティとは、生活感ということだろう。人間の内面の思索をあれこれ書くよりも、ちょっとした運命のいたずらによって逆境に立たされる苦悩や、冷酷な組織の論理に翻弄される人間の恨みを好んで書いた。現実味のある動機を重視した結果、登場人物の存在を身近なものにした、とは多くの人が指摘するところだ。

 清張さんは、最後の最後まで小説を追求していた。「彼が小説を書かないのは、才能が枯渇したから書けないのだ」と有名作家を俎上(そじょう)に上げた。俗な言い方をすれば、「生涯一小説家」だったから、常に周囲の作家の評判には気を配っていた。

 画才を認められたある人気作家が小説誌のグラビアページに「文と絵」を発表すると、あからさまに貶(けな)したこともあった。嫉妬である。自分のほうが、「絵は上手いのに」ということなのだ。

 他人の栄誉、栄達には冷たかった。生涯を通じて悠然とした境地に達し、安寧の時間を楽しんだことはなかったと思われる。何事にも「面白がる」知的な好奇心を、既成の権威への反抗心とすべての現役作家をライバル視する競争心で裏打ちしたところに、清張文学の骨格と魅力があるのではあるまいか。

 小説にリアリティを求めた分、古代史やペルシャの遺跡、さらに『日本の黒い霧』、『昭和史発掘』といった仕事には、ロマンティシズムを感じていた。もちろん、このロマンティシズムをも「面白がって」いたことは、いうまでもない。

 ここまで説明すれば、ジャーナリズムにおける「知的好奇心」を大学生たちも理解してくれるだろうか。

昭和史発掘 1
松本清張・著

定価:本体829円+税 発売日:2005年03月10日

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