インタビューほか

本の愉しみ――読む、書く、作る
『アンブラッセ』刊行記念・ロングインタビュー

烏兎沼 佳代

『アンブラッセ』 (阿刀田高 著)

――時代がもどりますが、早稲田大学在学中に結核で療養なさった時にも、たくさん本をお読みになっていますね。

 ええ、18カ月、浦和の療養所にいました。いまは総合病院になっているでしょうか。療養所では、いろんな人から差し入れてもらったんです。

 読書以外にも、いい経験をしました。9人部屋だったのですが、人が集まる場所というのは、どんなところでも何かしらその人たちの共通の意識があるものです。ところが療養所の部屋は“治したい”という思いをもつ人だけの集まりで、りっぱな外交官もいればやくざもいる。それが同じ塊になってひとつの部屋で暮らしています。私は二十歳そこそこで、療養所にいた人たちは、これまでまったく付き合ったことのない人たちでした。

 私は好奇心が旺盛で、障子の穴から中をのぞくような子どもでした。こっそり中を見ては、「タカシはじつは橋の下から拾ってきたのよ」なんて話を両親がしているんじゃないか、などと想像をかきたてる。小説家には非常に役に立つ好奇心です。

 そんな私の耳に、療養所では、理解不能の会話が入って来るんです。月に1度、入院患者が家に帰る日があって、「たまにはうちに帰ってかあちゃんにサービスしてやらんと、おかず持ってきてくれないんだ。オレのセンセー、まだ若いからわかんないんだよ」などとぼやいていたりする。二十歳の私は(かあちゃんにサービスってなんだろうナ)と首をかしげるばかり。じっさいにその人が家に帰って“サービス”してくると、次の日には奥さんがうな丼かなんかを差し入れにきてくれる――療養所でそういう場面をくまなく観察した記憶が、小説ではさまざまなかたちで活かされています。

――阿刀田さんの小説には、実際に出会った人々、旅した場所をいっしょに追体験できる喜びがあります。

 私がもう少しまじめな体験をしている人間だったら良かったのにね(笑)。

 そういえば私は向田邦子さんと同じマンションにいたことがあって、郵便受けの前でよく顔をあわせていました。「ファンから人生相談の手紙がよく来るのよ」なんて言ってましたね。向田さんの作品を読むと、相談すれば良い答えをしてもらえると思うんでしょうね。わたしは変なことを答えそうだから、人生相談の手紙は1、2通しかもらわなかった(笑)。

 郵便受けの前で話したことは、いい思い出です。

 亡くなった日には、事故の第1報が入って記者たちがマンションに集まってきましたが、ドアの鍵がしまっていて、みんな困っています。事故にあったらしいとラジオで聞いてロビィのあたりをうろうろしていたら、たちまち記者たちにとりかこまれて、「どういうご関係ですか?」と質問攻めにあいました。

 向田さんは公を大事にする人で、斬新なキャリアウーマンの考え方も持ちながら、古い時代の道徳も兼ね備えています。旅で何日か留守にして郵便受けがいっぱいになったときなどは、物書きなんだし郵便受けがいっぱいになるのは当然なのに、「わたし、遊んでばっかりいるでしょ。だからこんなにたまっちゃうのよ」と弁解するのです。

「こないだまで田辺聖子さんと阿波踊りに行ってたんですよ。帰ったと思ったら、明日から台湾に行くの」と郵便受けの前で言っていた――それが最後でした。

――直木賞受賞は向田さんより先ですね。

 私は81回(1979年)、向田さんは83回(1980年)。私のころの受賞者は亡くなった方が多いですね。色川武大さん、田中小実昌さん、向田さん……80回受賞者の宮尾登美子さんも亡くなりました。

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アンブラッセ
阿刀田高・著

定価:本体1,650円+税 発売日:2015年01月09日

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