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夢枕獏と九星鳴 湧き出でる想念をすくい取る者

夢枕獏と九星鳴 湧き出でる想念をすくい取る者

文:松原 隆一郎 (社会経済学者・東大大学院教授)

『K体掌説』 (九星鳴 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 そこで今回の掌篇集だが、これは脳内にふつふつと湧き出たばかりの想念を、細胞分裂を起こし物語が立ち上がる直前に、米山氏がすくい上げ筆写したものではないか。湧き出る想念の源泉には、宮沢賢治や萩原朔太郎、プリニウスの『博物誌』があるという。それらの文学的資質は、米山氏の脳髄に転写されると、奇妙な想念を結実する。氏は、そうしたミニマルな想念を一瞬で書き止める俳諧師のような役割に、「九星鳴」の名を与えた。

 想念は、四種類に分類されている。「一杯の酒を飲みながら月を待つ」の項。「蜘蛛の糸が美しくあやうい」の項。「朝顔の咲いた朝。毎朝一度の恋」の項。そして「かなしみとともに昇ってゆき去ってゆく夢とともにおりてくる物語」の項。連想や論理を生む寸前で摘み取られた淡い想念が、四つの項に散乱している。

 たとえば冒頭の「落ちる首」。月夜に何人もの女たちが、鮮やかな萌葱の着物を着て、頭を垂れている。そこに香の匂いとともに若い武士が現れ、腰の刀を抜いて切り下げる。女たちの首は、声も上げずにころりころりと落ちてゆく。翌朝庭を見ると、咲いていた赤い椿の花が、皆地に落ちていた。

 これはいったい、詩であるのか、俳句なのか。はたまた掌篇小説であるのだろうか。いや、どう呼んでもしっくり来ない。椿の転がりっぷり、枝離れの見事さ、血に似た赤さ、ぼってりとした重力。それは和装の女の頭を若き武士が断ち切ったみたいだ、という想念がここにある。ぞくり、とさせられるではないか。

 一篇、脳科学の成果が紹介されている。それによると我々は、指を動かすために意志を働かせていると思い込んでいるが、意志を作用させる前にすでに脳内の「運動準備電位」があがっているという。そうした未分化の身体運動が、「想念」の正体なのだろうか。

 天使、奇妙な小人、猫、月、活字。それらが誘発する想念の爆発が、本書を埋めている。

K体掌説
九星鳴・著

定価:本体1,450円+税 発売日:2014年11月15日

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