- 2017.01.20
- 書評
宇宙論の興奮を体感させたクラウス教授の「宇宙白熱教室」
文:井手 真也 (NHK 大型企画開発センター エグゼクティブ・プロデューサー)
『宇宙が始まる前には何があったのか?』 (ローレンス・クラウス 著/青木薫 訳)
宇宙論についての話が始まったのは、ようやく第三回からだった。あとわずか二回で最先端にたどりつくのはとても無理なのではないかと私は思った。だが、教授の巧みな解説で、受講生を無理なく、しかも言わば光のスピードで一気に最先端へと誘いこんでいく。まず、ハッブルの法則の発見をきっかけに、宇宙には始まりと終わりがあることを納得させると、クラウス教授は、宇宙の未来を知るためにはエネルギーの概念が鍵だと強調した。なんと今からこの場で、宇宙の全エネルギーを理論的に計算する! と言い出したのだ。しかし、そのために教授が前提とした物理学の知識は非常に少なかったからまた驚きだ。ケプラーなど天文学者によるいくつかの観測結果と、F=Maの式で表される力学の第二法則だけにほぼ限られるというシンプルさである。たったそれだけを元に、ニュートンの万有引力の法則があっという間に導き出され、果てはアインシュタインの一般相対性理論の式にまでたどり着いてしまった。そして、数式から導かれた理論的予測と、実際の観測結果との矛盾を私たちの目の前に、ドーンと提示する。講義のポイントはここに有った。教授は声を張り上げた。「予測が間違っていたからといってがっかりしちゃいけない。逆に、これは素晴らしいことなんだ!」。こうした理論と観測との矛盾から、第三回では暗黒物質が確かに存在することが、第四回では暗黒エネルギーの必然性が、十分な説得力を持って解説されたのである。まさにこの二十年間に起きた宇宙論の大革命の興奮を、私たちにも体感させる講義だ。気付いたときには、本当に宇宙論の最先端にまで到達してしまっていたのである。
クラウス教授は講義の中で、物理学の本質について何度も繰り返しこう表現した。「物理学では何も記憶する必要はない。知識なんかほとんどなくても、幼稚園生でもわかる論理の積み上げさえ繰り返せば、途方もなく遠くにまで行き着くことができるんだ」。にわかには信じられない言葉かも知れないが、クラウス教授の講義は、まさにこの言葉を体現したものとなっていた。
不敵な笑みと、時おりちょっと乱暴な言葉使いで受講生たちを挑発し続けたクラウス教授だったが、講義の結びは感動的だった。それは、加速膨張する宇宙では、今から二兆年以上を経ると、観測できるものはほとんどなくなり、無が宇宙を支配するという、私たちにとっての悲惨な末路が語られた後だった。「宇宙にとって君たちは、本当に取るに足らない存在だということがよく分かっただろう。けど、だからこそ、自分にとっての『今』を、懸命に切り開くことが大事なのだ!」。宇宙論という一見おとぎ話としか思えない浮世離れした世界も、実は私たちの生きる姿勢に関係している、というのがクラウス教授の信念なのだ。
結びの言葉の直後にわき上がった会場からの万雷の拍手に、不敵な笑みのクラウス教授に安堵の表情が見えた。百戦錬磨の教授にとっても、限られた時間内で、一般の人たちを宇宙論の最先端に導く作業はかなりのチャレンジだったのだとその時分かった。
講義を終えた教授のもとに、一人の初老の女性が近づいてきてこう言った。「私たちの世界が素晴らしいものだと教えてくれてありがとう」。その時のちょっと照れくさそうなクラウス教授の笑顔は、まるで少年のそれのように見えた。
二〇一六年十一月六日
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