日本の中心にあるけれど「何もない場所」。北京の天安門広場(約44万平方メートル)を上回る約46万5000平方メートルもの、世界最大の広場でありながら「滅多に使われない場所」。それが今の「皇居前広場」です。
しかし、関東大震災まで「無用の長物」とされてきたこの広場は、震災の際には罹災民であふれ返り、戦中には白馬に乗った天皇が現れて国民を熱狂させ、戦後占領期には連合国軍と左翼と天皇が三つ巴で利用した――そして夜にはアベックたちの「愛の空間」にもなった、そんな多種多様な人々が入り乱れる場所だったのです。
この不思議な広場で繰り広げられた歴史と思想を、あらゆる資料を駆使して「定点観測」した研究成果がこの『完本 皇居前広場』です。
訪れたことがある人ならきっと感じていると思いますが、皇居前広場独特の雰囲気。あれは一体何なのでしょうか。
大学時代、友人と皇居前広場に行ったときのことです。二人組の西洋人が二重橋の向こうを指さしながら「あそこには入れないのか?」と英語で訊いてきました。私は「立ち入ることはできない」と答えたのですが、そのとき自分たちが立っている場所を含めてここは「禁域」なのだ、という思いがしました。あの独特の雰囲気は「何かを禁じられている」という空気から来ているのではと思ったものです。
それから、昭和天皇の晩年、天皇が大量の吐血をした後に、テレビが一晩中赤外線カメラで映し続けた皇居前広場の映像も強烈に覚えています。誰一人いない、暗闇のむこうに見える二重橋。「たとえ昭和が終わっても、この風景は変わらない」と、広場の映像がまるで永遠に続く天皇制の象徴のように思えたんです。
昭和になると、皇居前広場を舞台に親閲式などの儀式がしばしば行われるようになりましたが、その主人公こそ昭和天皇に他なりません。この本を書きながら私が驚いたのは、当時の天皇が実に巧みに、広場での自分の見せ方を「演出」していたことです。