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現代の作家が過去という時間を借りて書いた、女として最高の人生を描く古典文学

現代の作家が過去という時間を借りて書いた、女として最高の人生を描く古典文学

文:里中 満智子 (漫画家)

『とりかえばや物語』 (田辺聖子 著)

出典 : #文庫解説
ジャンル : #歴史・時代小説

『とりかえばや物語』の魅力も田辺さんの現代語訳に負うところが大きい。会話がいきいきして登場人物に血が通い、気持ちが素直に伝わってくる。いい意味でかみ砕いて、目に浮かぶように描写されるので、現代の作家が過去という時間を借りて書いたといわれても納得できるくらい自然に読めるのだ。

 ベッドシーンの描写などもさすがは田辺さんだなぁ、と思う。男女が入れ替わっているために倒錯的できわどいシーンも多いのに、田辺さんが描けば上品で、ほどよくエロチックだ。さぁ、その先はと期待したところで「宮中の夜の闇は深く、あたりには音もなかった」とさらりとかわす。子供は無理にわからなくてもいいの、でも、ニュアンスだけは伝えてあげるわ、という絶妙のさじ加減。すごくセンスがいい!

 中盤まで読者を散々ハラハラ、ドキドキさせておいて、物語は最後にそこまでうまくいかなくてもと思うほどのハッピーエンドを迎える。過去を問わず、責めず、あるがままの春風を大きな愛で包む帝。きっと自分に揺るぎない自信をお持ちなのだろう。自信のない男ほど恋人の過去を詮索し、束縛したがるものである。帝とのあいだに子供も生まれ、離れて暮らしていた夏空とも幸せな再会を果たす。その夏空がまた優しく、聡明で、愛らしい。人生を自分の手で切り拓いてきた春風に与えられた最高のご褒美である。

 

 むずかしいことをやさしく伝えるのは、じつはいちばんむずかしい。私自身、『天上の虹』という持統天皇を主人公にした作品を完結させるまでに、参考文献だけで千五百冊以上の本を読んだ。そうした直接的な資料だけではなく、中学生のころからただ楽しく、夢中になって読みふけってきた無数の本が目に見えない形で力を貸してくれたと信じている。必要なことをピンポイントで検索できるネットは便利だが、本を読んだときのような知の深まりや想像力の広がりは感じられない。

 物語の楽しみは他人の人生を疑似体験することである。千年前の人々は『とりかえばや物語』を読んでふっとため息をついたり、近頃、美男で誉れ高いあのかたもほんとうは女性ではないのかしらと、楽しい妄想にふけったかもしれない。今をときめく出世頭のあの人も子供のことでは苦労しているのかも、と思いやったかもしれない。下世話な関心事ではあるが、そういうことから日常の彩りは豊かになっていく。

 生き残った物語のかげには、何かの力が働いて意図的に排除されたり、雑に扱われて失われた多くの物語があったはずだ。その中に魅力的な作品がいっぱいあったのではないかと考えると、地団駄を踏みたくなるほど悔しくなる。『とりかえばや物語』の原作者もごく一部で読みまわしていた作品が千年後も愛され続けるとは、夢にも思っていなかったに違いない。田辺さんの素敵な現代語訳が手に取りやすい文庫本として復活したことで、『とりかえばや物語』はさらに広く読み継がれていくだろう。

 文字があって、その文字を読めて、昔の人たちが精魂を傾けて書いたものを今、こうして自由に読むことができる。なんと幸せなことか、と私は思う。

とりかえばや物語
田辺聖子・著

定価:本体600円+税 発売日:2015年10月09日

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