本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
文庫書き下ろし時代小説に艶やかなヒロイン誕生!

文庫書き下ろし時代小説に艶やかなヒロイン誕生!

文:香山 二三郎 (コラムニスト)

『小町殺し』 (山口恵以子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 目次のタイトルからして、今回は「艶姿五人小町」の面々がひとりひとり殺されていく話であるらしいことは薄々察しがつくだろうが、むろん彼女たちがただ順番通りに殺されていく話ではない。但馬屋の複雑な内情が背景となる第三話でそれが明らかになるや、第四話「蛍放生」では、「艶姿五人小町」最後の美女、水芸の夕霧太夫をめぐるトラブル収拾が軸となるいっぽう、連続殺人事件も一気にクライマックスへと導かれていく。そこで改めて、シリアルキラーものとしてのミステリー的な作りも明かされることになるが、してみると本書がシリーズ展開を見据えたうえで、伝奇ミステリーから捕物帳のスタイルへと作品が巧みにシフトされていることがわかる。あるいは剣豪ものへのシフトもありかと期待していた向きには残念かもしれないが、今後おれんが剣客として活躍する話もありそうだし、気落ちすることはない。

 もっとも、冒頭でも述べた通り、本書は何よりヒロインものエンタテインメントであり、マッチョな活劇演出を読みどころとしているわけではない。実際、錦絵に描かれた五人の美女をめぐる悲劇をメインに、女が女を助ける話に仕立てられている。今日でいえば、AKB48のようなアイドルグループのトラブル処理にやり手の女捜査官が当たるようなもので、脇役の女性陣にまで印象深いキャラが配されている。中でも注目が、第二話から登場する女スリ師のおもん。「大店のお内儀か隠居のようななりをしているが、実は凄腕の巾着切り」という熟女キャラクターが際立っていて、おれんのライバル(!?)としてはまさにうってつけだ。男の脇役にも、第三話で山本周五郎の名作『赤ひげ診療譚』を髣髴させるひげの名医・阿部了伯が登場するものの、やはりガーリッシュな話には喜志川玲泉のようなトランスジェンダーな美青年のほうがしっくりくる。

 また錦絵をめぐる犯罪譚という点では、美術(界)ミステリーとしてもご注目。本書の時代背景は江戸時代後期、文化・文政の時代かと思われる。実際、浅草や「日本最大の繁華街」であった両国広小路の繁栄ぶりが随所で描かれ、まさに町人文化の爛熟期であったことをうかがわせる。そのいっぽうで「娯楽本や浮世絵を扱う地本問屋は幕府の検閲を受けなかった」ものの、「人気のある作品や作者は、折々の禁令によって規制の対象にされた」。山東京伝の洒落本が発禁となり、京伝自身も手鎖刑を科せられたほか、版元の蔦屋重三郎が財産没収されたり、喜多川歌麿が入牢、手鎖刑に処せられるなど、反動的な事件もたびたび起きた。本書を通して描かれる猟奇事件はそうした時代が孕む闇が生んだモンスターによるものでもあるのだ。

 著者は『月下上海』の後、『イングリ─―熱血人情高利貸』(一二三書房)や『あなたも眠れない』(文藝春秋)を刊行している。前者は身長一七五センチ超の大女で、顔がイングリッド・バーグマンに似ていることからイングリと呼ばれる高利貸しがヤクザをやっつけ、難事件も解決してしまう「痛快人情アクション」。後者は航空機事故で家族を失い不眠症に陥ったヒロインが銀座の高級クラブの会計係に就き、ママや客たちの秘密を暴いて脅迫するという犯罪サスペンス。いずれもヒロインものという点で一貫しているが、こちらのほうはアクション&ノワール色が強い。今後も現代ものと時代小説を創作の両輪に活躍していくことになるだろうが、おれんとその仲間たちは果たしてどうなっていくのか、続篇に期待したい。

文春文庫
小町殺し
山口恵以子

定価:616円(税込)発売日:2015年01月05日

プレゼント
  • 『赤毛のアン論』松本侑子・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/11/20~2024/11/28
    賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る