読みながら思い出したことがある。少し遡るけれど、どうぞお付き合いください。
内田樹先生との出会いは、今から十五年ほど前のこと。
当時、編集をしていた『ミーツ・リージョナル』誌で、内田先生の「街場の現代思想」という連載が始まったのだ。
このコラムは、架空の学生から持ち込まれた悩みや疑問を、バーチャルな「ウチダ先生」が懐から取り出した構造主義でしゅっとひと太刀、すっぱすっぱと答えていくというもので、その筆や快刀乱麻。ラカンやレヴィ=ストロースやフーコーやマルクスといったふだんリージョナル誌に登場しないひとたちが、居酒屋の冷たいビールや彼氏との別れ話とともに語られるという軽妙な文章は、本書にも通じるところがあるだろう。
「ウチダジュ? イツキ? 女?」
まだそのあたりは曖昧なひとが多かったにしろ、「ウチダ先生」の名は一気に京阪神の街場に浸透し、月に一度のバーチャル講義を待ち構える若者が続出した。
毎号のお題となった「フリーター」「結婚」「ブランド」「自分探し」といった、九〇年代後半から二〇〇〇年代のはじめの「今どきの若者」のリアルなネタは、実際に神戸女学院大学の教え子たちから寄せられていたそうだ。
二十代後半から三十代が中心だった私たち編集部員にとっても、「まさに、いま悶々としていること」ばかりだったので、内田先生から編集長の江弘毅のもとに原稿が届いたのを知ると(「おもろい、おもろい」と叫ぶのですぐにわかる)、編集部はにわかにそわそわしたものだ。
この「街場の現代思想」の連載が本格的に始まる少し前。二〇〇一年の初冬の頃のこと。
江編集長のもとに内田先生から、「使えそうなのあるかなあ。ダメなら没にしちゃってください」という驚くほど軽いノリで、複数の原稿が届いた(そのように気軽にばんばん書いてくる執筆者は初めてだった)。
内田先生は「いらち」なので話が早い。ごちゃごちゃとやりとりをするくらいなら、とりあえず書いてしまう。のちに、原稿依頼のメールの返信が既に原稿だったという経験を何度かするが、そんな書き手にはまだ他に会ったことがない。
さておき、その中のひとつに、第二回に掲載された「村上春樹の小説のテーマとは?」という原稿があった。
いまだから言うが、熱心な村上春樹の読者である私は、そのコラム論考を「お手並み拝見」という気持ちで読み始めた(おいおい!)。どの作品のどのあたりのエピソードを持ってくるのかな。「作品のテーマ」がテーマね。ふーん。という態度の悪さで。
その文章は、『期間限定の思想「おじさん」的思考2』に収載されているので、そちらをお読みいただきたいが、とにかく一読するや、仰天した。言うまでもなくものすごく面白かった。
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