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野心という魔物にとりつかれ、人生を変容させていく信長の家臣たちを描く

野心という魔物にとりつかれ、人生を変容させていく信長の家臣たちを描く

文:高橋 英樹 (俳優)

『王になろうとした男』 (伊東潤 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 最後の短篇『王になろうとした男』はアフリカから売られてきた彌介の目線を通して世界進出を夢見る信長の野望や、本能寺の変の様子が描かれています。太田牛一という信長の家臣が書いた『信長公記』に「キリシタン国から黒坊主が参上」という記述があるように、信長の近くには黒人が実際に仕えていました。

 信長が根強い人気を持つ理由のひとつに、数え年で四十九歳の早すぎる死、それも本能寺での謎めいた最期というのがあると思います。それが歴史好きの想像力を刺激してやみません。クーデターの背後に黒幕がいたのではないかと、過去には公家からありとあらゆる武将の名前が上がってきました。数ある推理の中でももっとも信憑性が高いのが本作にある秀吉黒幕説です。歴史は勝者のもの。次の政権をとった人がいちばん怪しいというのがいつの時代も変わらぬ真理です。僕にいわせるともうひとり、公家の近衛前久(このえさきひさ)もかなり怪しい。秀吉と近衛が二大黒幕とにらんでいますが、彼らの裏切りがいつ何をきっかけに始まったのか、肝心のところがわからない。公家にとっては王になろうとする信長は自分たちの地位を脅かす存在として抹殺したかったでしょうが、秀吉や光秀はいったいなぜ?

 直接的な理由とは別に、非情ともいえる信長の恐怖政治とそれに耐える重圧、出世競争に敗れていった者たちの怨み、同僚にも気を許せない過酷な人間関係といった負の遺産がたまりにたまって、ああいう形に集約されていったのではないでしょうか。

 信長は最後にみずから寺に火を放って自害しますが、遺骸は見つかっていません。本能寺が焼けたくらいで死体があとかたもなく消えるとは思えないから、どう考えてもおかしいんです。何らかの力が働いて、なかったことにされたのではないか、そのほうが後世の歴史にとって都合がよかったから、というのが僕の推理です。

 不思議といえば、彌介がどこで死んだのかもわかっていません。この作品は故郷に向かって海を泳ぐシーンで終わりますが、実際は本能寺の変の前に逃亡したとも、南蛮寺へ逃げてそこで死んだとも、そこから行方知れずになったという説もある。歴史はわからないことだらけ、そこがおもしろい。自由に想像できるし、誰も現場を見た人はいないから、歴史の大家とだって対等に話すことができる。偉い先生になにかいわれたら、「で、あなたは見たんですか」と切り返せばいい。それでおしまいです。

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王になろうとした男
伊東潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2016年03月10日

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