信長があと十年生きていたら歴史はどう変わったでしょうか。のちに天下をとる秀吉は朝鮮征伐を行いますが、あれは信長の亜流、似ているようで本質はまったく違います。伊東さんが鼎談でおっしゃっているように、信長は貿易の拠点となる海外の港をいくつか押さえて、経済で世界へ進出しようと考えました。儲からない土地には目もくれないから、無駄な戦費を使う必要もありません。しかし、秀吉は大陸を面としてとらえ、やみくもに領土を広げようとして失敗した。秀吉は信長ほどの大局観を持っていませんでした。
手柄を立てた家臣に分ける土地がなくなってくると、茶道具に新しい価値を造りだし、領国のかわりに与えたという発想にも驚かされます。信長は茶会を開く権利を許可制にしたため、かなりの手柄を立てないと茶会のあるじになることもできませんでした。茶に毒を盛って簡単に相手を殺すことができると考えれば、あの時代、茶会を開く権利とは自分に必要のない人間を取捨選択できる権利に等しかったのです。伊東さんの『天下人の茶』は信長や秀吉に政治利用された茶の湯の一面がリアルに描かれていておすすめです。
伊東さんに今いちばん書いてほしいのは、戦国時代に群雄割拠した男たちの妻や恋人たちです。歴史の舞台裏でオーケストラの指揮者のように男たちを動かし、時代の行方に影響を与えた女たちがいたと思うからです。
それから五年か十年先に、この作品とは違う視点からもう一度、本能寺の変に取り組んでもらいたい。歴史はわからないからおもしろいと書きましたが、正直にいうと本能寺の変だけは別。もしタイムマシンがあったら、あの日の本能寺に飛んでいって、現場の一部始終を目撃してみたい。もちろん、自分には危険が及ばない物陰からそっと。いやいや、謎は謎のままのほうがいいのかな。想像する余白があるから、歴史はいつ誰と話し合っても楽しいし、知的な刺激にあふれたこんな小説も生まれてくるのですから。
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