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野心という魔物にとりつかれ、人生を変容させていく信長の家臣たちを描く

野心という魔物にとりつかれ、人生を変容させていく信長の家臣たちを描く

文:高橋 英樹 (俳優)

『王になろうとした男』 (伊東潤 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 塙直政は野心に囚われて自滅しますが、『復讐鬼』の荒木村重(あらきむらしげ)は野心の強さを家臣の中川清秀に見透かされ、利用されて滅びていく下剋上の見本のような男です。清秀は「主人が本願寺とひそかに通じている」と嘘の情報を流して村重を窮地に追い込み、「天下人も夢ではない」と信長からの離反をそそのかしながら、自分は要領よく信長方に降伏して安泰をはかります。罠にはまった村重はかわいそうですが、混乱した時代に不確かな夢を求めて、あそこで主人を裏切っていく清秀の気持ちも僕はわかるような気がします。

 役者の立場でいうと万見仙千代(まんみせんちよ)が村重の立てこもる有岡城に攻め込む場面が印象的でした。伊東さんは『城を攻める 城を守る』という著書があるほど城の防御機能に詳しい人です。清秀が与えた偽の情報に操られて、有岡城の複雑な縄張りを右へ左へと走り抜け、まんまと死地に誘い込まれる様子がまるで映画を見るように臨場感たっぷりに描かれています。

 四年後、村重は茶人となって賤(しず)ヶ岳(たけ)の合戦の現場にあらわれ、自分を裏切った清秀への復讐を果たします。それも築城術に長けていた彼らしいやり方で。「野心に囚われた者は野心に滅ぼされる、上様もそうでありましたな」という最後の述懐が胸にグッとくる。良くも悪くも、野心があの時代を動かしていた。『復讐鬼』はとくに僕のお気に入りです。

 

 四作目の『小才子(こざいし)』は現代の企業経営と重ね合わせて、妙に納得しながら読みました。津田信澄(のぶずみ)は信長の甥にあたり、血筋はよし、頭だってけっこう切れる。織田家を継いでいた可能性もあるのに、傍流の津田姓を名乗らされ、信長の一家臣に甘んじています。ほんとうは大局観のない小才子に過ぎないのに、自分を過信して、オレの居場所はここじゃないと現状にいつも不満を抱いている。こういう勘違い男はどこの会社にもひとりやふたりはいませんか? この人が社長なら会社をつぶすか、社員ならせいぜいクビになるだけですが、戦国の世では死を意味しました。

 現実がちゃんと見えてないから、秀吉や丹羽長秀のようにその不満を逆手にとって騙しにかかる、一枚上手(うわて)の男が世の中にいることもわからない。滑稽なことに最後まで「天下をとった、みんなが自分の前にひれ伏す」と信じ続け、首をはねられる直前にやっと自分が父親と同じ小才子に過ぎなかったことを悟ります。信澄のように身の丈を見誤って命を落とした男があの時代は無数にいたのでしょう。

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王になろうとした男
伊東潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2016年03月10日

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