- 2016.11.07
- インタビュー・対談
現実の手触りと小説の嘘――横浜をめぐって 堂場瞬一×伊東潤【前編】
「別冊文藝春秋」編集部
『横浜1963』 (伊東潤 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
堂場 なるほど、資料をもとにソニー沢田のキャラクターを組み立てられたんですね。
伊東 はい。歴史小説でも、まず資料を読み込んで、歴史の謎を見つけてから、登場人物を絞り込み、物語を作っていきますから、作業工程は、さほど変わりませんでした。ただ現代ものでは、自分の実体験や、自分の時代感覚をダイレクトに小説に反映できるのが新鮮でした。久しぶりに小説を書く楽しさに浸りました。
堂場 横浜の街の描写も素晴らしいですよね。風景が目に浮かぶだけでなく、街のにおいまでも感じました。
『ALWAYS 三丁目の夕日』を観た年配の人が「昭和三〇年代はあんなに街は綺麗じゃなかった」と言ったそうですが、横浜は東京よりも、さらににおいの強い街だったのではないでしょうか。私が全編に感じたのは、バラックが立ち並んだ、かつての黄金町(こがねちょう)のにおいなんです。これは伊東さんにしか書けない。
伊東 それは嬉しいです(笑)。黄金町は、横浜でも特にディープな地域ですけど、堂場さんはいらしたことがあるんですか。
堂場 十年くらい前に、バンドの練習で黄金町の隣の日ノ出町のスタジオに毎週通ってました。その印象が強く残っていたのかもしれません(笑)。日ノ出町のあたりは、その当時でも昭和四〇年代の猥雑で濃厚な空気が残っていました。
伊東 最近は、どこも街の表情が画一的になりましたから、ちょっと寂しいですけど。僕は生まれも育ちも石川町なので、黄金町や日ノ出町は活動範囲でした。ただ、用があるのは洋画三本立ての名画座くらいで、あまり行きませんでしたけど(笑)。
堂場 そこが横浜の面白いところですよね。猥雑な場所と洗練された住宅街が紙一重で隣り合っている。日ノ出町でも高級マンションが建っている通りの路地を一本入ると、人が平気で路上で寝ていたりもしますから。
伊東 東京ではあまり見かけない光景ですよね。
堂場 道路一本隔てただけで街の表情ががらっと変わるところは、アメリカに似ている。その混沌とした感じが異国情緒を醸し出しているんでしょうね。
伊東 昔は山手や本牧に裕福な外国人がたくさん住んでいたんですよ。
堂場 そういうアメリカ的な街の雰囲気に憧れを感じると同時に、自分は横浜では絶対に暮らせないなとも思います。私には東京の中央線のどこまでも同じ光景が続く風土が合っているなと。だから、私が小説に横浜を登場させたとしても、観光客の視点でしか書けない。
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