- 2016.11.07
- インタビュー・対談
現実の手触りと小説の嘘――横浜をめぐって 堂場瞬一×伊東潤【前編】
「別冊文藝春秋」編集部
『横浜1963』 (伊東潤 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
年に一回は読み直す、海外警察小説の傑作シリーズとは
伊東 先ほど、この作品を構想する際に海外ミステリーの影響が大きかったと言いましたが、堂場さんはマニアと言ってもいいくらいの海外ミステリー好きですよね。
堂場 読むのはもっぱら翻訳小説ばかりです。
伊東 僕が特に影響を受けたのが、ペール・ヴァールーとマイ・シューヴァルの「刑事マルティン・ベック」シリーズなんです。
堂場 私も大好きな作品です。スウェーデンの激動の十年間をほぼ一年一冊、全十巻で描くシリーズですね。
伊東 警察小説ですが、選挙の話とか警察の機構が変わる話とか、スウェーデン社会の変遷が、かなり詳しく書かれている。
堂場 歴史小説としても読める稀有な警察小説です。私はいまでも、年に一回は全部読み直しています。
伊東 本当ですか! 僕はストックホルムで「刑事マルティン・ベック」の舞台を見てきたほどのファンですが、そこまではできません。実は『横浜1963』の冒頭で横浜港から女の死体があがるシーンは、「刑事マルティン・ベック」の第一作『ロセアンナ』へのオマージュなんです。
堂場 やはりそうでしたか。冒頭のシーンを読んだとき、「マルティン・ベック」シリーズ好きとしては「来たな」とニヤリとしました(笑)。
伊東 ミステリー小説としては至って平凡なシーンから始めて、いかに面白い物語にしていけるか。そこがチャレンジでした。
堂場 非常に高いハードルを設定されたと思いましたが、それを見事にクリアしていますよね。
伊東 ベタな設定でベタな展開だけど、なぜかぐいぐい引っ張られる。最初のミステリーは、そんな小説にしたかった。堂場さんの作品のような予想外の展開は、次からやっていくつもりです。展開の妙で読ませて、もっと読者を戸惑わせたいですね。読者からは様々な意見が寄せられていますが、ただ一つだけ共通しているのは、「横浜愛が強いんですね」ということです。実は私の場合、愛憎相半ばしているというのが、正直なところなんですが(笑)。
堂場 それは意外ですね。どんなところに「憎」を感じるんですか。
伊東 物心ついたころに、横浜ベイスターズのファンになってしまったことです(笑)。厳密には大洋ホエールズですが、これはもう、生まれた場所を恨むしかありません。
堂場 さぞ辛いファン人生を送られてきたことと、心中お察し申し上げます(笑)。
伊東 かつて読売新聞で記者をなさっていた堂場さんなら、そのあたりの気持ちは、よくお分かりですよね。
堂場 七〇年代から八〇年代にかけては、横浜は巨人のお得意様でしたから。当時は横浜大洋ホエールズではなく、「横浜大洋銀行」と呼ばれていた(笑)。最後に優勝したのが九八年ですから、もう二十年近くも冬の時代を過ごされている。
伊東 優勝したときも、コアなファンは意外と冷静でした。私は、もう次のシーズンのことを考えていました。その年は地元、横浜高校の松坂(大輔)がドラフトの目玉でしたが……。
堂場 西武ライオンズにあっさり取られてしまった。
伊東 あの時は、さすがにがっくりきました。そのとき、僕の野球ファン人生に終止符が打たれました(笑)。
撮影:白澤正
後編へ続く