インタビューほか

現実の手触りと小説の嘘――横浜をめぐって 堂場瞬一×伊東潤【前編】

「別冊文藝春秋」編集部

『横浜1963』 (伊東潤 著)

堂場 その激動の時代において、横浜を舞台にしたのは、どんな理由からですか。

伊東 自分が生まれ育った街であり、そこで見聞きしたことを反映したかったというのが一番大きな理由ですね。当時の横浜は米軍基地の問題を抱えていました。でも米軍の実態は今でも意外に知られていませんし、庶民が米軍をどう見ていたかという情報も皆無に等しい。沖縄の普天間基地の辺野古移設問題を引き合いに出すまでもなく、当時の横浜を描くことで、現代の日米関係にも通じる問題を映し出せるのではないかと。

堂場 たしかに物語の題材はかなりハードで、当時、日本という国が置かれていた微妙な政治的立場を炙り出している。安易に触ると危険な題材に思い切って踏み込まれていますよね。

伊東 実際にそこで生活していると、観光地としてのいいイメージとは違う陰の部分に嫌でも触れざるを得ないわけで、その違和感を小説に盛り込みたいと思いました。

堂場 米軍が駐留している街といっても、それぞれに米軍との関わり方は違いますよね。沖縄は現在ひどい状況になっていますが、横田基地のある福生市ではアメリカ文化を受容することが町おこしになっていたりもする。

 駐留米軍との関係というと、どうしても治安の悪化を始めとする地域住民との軋轢(あつれき)に目が行きがちです。もちろんマイナス面もたくさんありますが、一方では独自の文化を生み出している。今回、伊東さんはその文化的な交流にまで視野を広げていらっしゃる。

 作品では当時、流行していたボブ・ディランのある曲が重要な役割を果たしますよね。

伊東 はい。あくまで小説作品ですから、基地問題を肯定的にも否定的にも捉えないように注意しました。米軍基地に対する思いは人それぞれですから。ただ戦後のある時期、横浜や横須賀で、米軍と日本人が共存していたという事実を知ってほしかったんです。またボブ・ディランの曲が謎を解くカギになっているのは、私がディラン好きということもありますが、『刑事コロンボ』の『パイルD-3の壁』の応用です(笑)。

堂場 実際に子供の頃から米軍の関係者に接する機会は多かったんですか。

伊東 米軍に限らず、アメリカ人が常に身近にいました。今でも強烈に記憶に残っているのですが、五歳のころ、アメリカ人の子と遊んでいたら、家の中から拳銃を持ってきて「バンバン」と言いながら撃つふりをするんです。でも、その銃が明らかにおもちゃじゃないんですよ。黒光りした感じとか重量感とか。慌てて逃げ出しましたが、あの銃は間違いなく本物でしたね(笑)。

堂場 そのあたりのアメリカ人との微妙な距離感がこの小説にもよく出ていますよね。

伊東 同じ地域に住んでいて交流はあるのに、お互いに決して相手の領域に踏み込もうとはしない。不思議な関係でしたね。

【次ページ】昭和四〇年代の猥雑で濃厚な黄金町のにおいが立ちのぼる

横浜1963
伊東潤・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2016年06月08日

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別冊文藝春秋 電子版10号(通巻326号/2016年11月号)

定価:※各書店サイトで確認してください
発売日:2016年10月20日

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