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私は獏パーンチ・ドランカー

私は獏パーンチ・ドランカー

文:山口 琢也 (晴明神社 宮司)

『陰陽師 平成講釈 安倍晴明伝』 (夢枕獏 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 その獏ビームに中枢神経を冒(おか)された男が手にしたのがこの『平成講釈 安倍晴明伝』ハードカバー版であった。平積みされたそれを持ち、レジに走り、家で一気に読んだ。まあ、面白い面白い、本当に面白い。そもそも講釈が、そういう仕掛けになっているのだろうが、緩急のよろしきに引きずり込まれる。御親切に、各話のはじまりに「まくら」が有り、前回までの「おさらい」が有り、そして本編という構成になって最後は、「この続きは如何(いか)に」で終る。本当に講談を聞きに行っていたら通い詰めて、幾らお金があっても足りなかったろう。氏の言うところの「活字講釈師」で良かった。

 又、そのネタとなる桃川版『安倍晴明』、玉田版『安倍晴明』、『蘆屋道満』の三つについても各々の美味(おい)しいとこだけ摘(つま)み出して、都合の良い様に手を加え、平成版たり得る創作を重ねてゆく。肯定的な意味において獏さんらしい。あれは確かNHKの番組ロケの為に獏さんが来社された時のこと。氏、宣(のたま)わく「小説家っていうのはね、学者が汗水たらして調べ上げた成果の良い所だけ摘み喰いして繋ぎ合せていくのが仕事なんだよ」。私もそれを真に受け、「なんとまあ物書きとは、ええ生業どすなあ。それで長者番付に出はるんやさかいに」といけずを添えて心の中で呟いた事を記憶している。

 しかしその一年後、前述した神社編の本の中で私が司会をつとめ、獏さんはじめ、荒俣宏さん、岡野玲子さん、京極夏彦さんのビッグ4に対談してもらった時に一年前の獏さんの話は大嘘である事が判明した。無論、他の三氏もそうだが、豊富な知識、経験、多岐に亘(わた)る好奇心に圧倒され放し、相槌(あいづち)も充分に打てず仕舞いであった。これが「スター千一夜」の司会なら二日で降板であろう。その衝撃的事実を基に私的国語辞典を作るなら「作家=溢(あふ)れんばかりの知識を小出しにし、言葉という装飾を施し少しでも永く文壇に名を残そうとする職能者若しくは集団」。

 少し話が外れたが、この「平成版講釈」のようなやや軽いタッチの裏側には、とんでもない努力と感性の積み重ねがあることを知るべき、否、面白ければそれでいいのかも知れない。何とならば、面白さは売り上げという素直な数字に現われてくるから、と妙に納得したうえで、そうだ今晩でも再度この「安倍晴明伝」読み返してみよう。

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文春文庫
陰陽師
平成講釈 安倍晴明伝
夢枕獏

定価:825円(税込)発売日:2015年06月10日

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