本書『破落戸』は「あくじゃれ瓢六」シリーズの第五作である。
ここまでの流れを簡単におさらいしておく。シリーズが始まったときには、まさかこのような展開になるとは誰も想像しなかっただろう。第一作『あくじゃれ』、第二作『こんちき』は、一言で表すなら魅力的な探偵を据えた捕物帳だ。
初期の舞台は文政年間の終わり頃。長崎出身、阿蘭陀通詞にして唐絵目利きをしていた瓢六は、江戸に来てから身を持ち崩し、博打の科でお縄となった。ところが牢にあってもその知恵と人脈を生かし、奉行所が手を焼いていた事件を解決してしまったのである。以降、北町奉行所・定町廻同心の篠崎弥左衛門とタッグを組み、事件解決の手助けをするようになる。
弥左衛門の下についている岡っ引の源次、弥左衛門の上役の菅野様、瓢六の恋人で芸者のお袖、瓢六の悪党仲間だった平吉や杵蔵、絵師の筧十五郎や貸本屋の弐兵衛、ちえ婆さんなどなど、魅力的で個性的なレギュラーメンバーが花を添えた。彼らとのやりとりやチームワークを生かした捜査法、あくまでも粋な自由人の瓢六。毎回一度はお袖の悋気台風を男性陣が揃って恐れたり、弥左衛門の不器用な恋愛の顛末が入ったりというお決まりの展開も楽しく、銭形平次や半七捕物帳の流れを汲む「お馴染みの捕物帳」として本シリーズは幕を開けたのである。
ところがその雰囲気が徐々に変わり始める。天保年間に入った第三作『べっぴん』は、従来通り連作短編の形をとりながらも全体を貫くひとつの事件があり、レギュラーメンバーに大きな変化が降りかかった。瓢六自身も、今のままの自分でいいのかと人生を見つめ直すことになる。
つまり、捕物帳お馴染みのパターンがここで崩れるのだ。それまで「役割を演じるキャラクター」だった登場人物たちに、この第三作で陰影がつけられた。定型のパターンを持った捕物帳から、先の読めない重厚な人間ドラマへと舵が切られたのである。
そして読者を驚嘆せしめたのは、第四作『再会』だ。お袖の家に住みながら八丁堀や牢を行ったり来たりしていたはずの瓢六が、なぜか旗本屋敷内の借家に住んでいる。弥左衛門と一緒に探索をしている様子もない。読んでいくうちに、『べっぴん』の舞台だった天保五年から、すでに七年が経っており、なんとお袖とちえ婆さんが大火事の犠牲になったことが知らされるのである。このくだりを初めて読んだときには、変な声が出たものだ。
お袖を失った瓢六は生きる気力をなくし、生活が一変。近しかった人たちとの交わりも絶ってしまう。そんな瓢六が、弥左衛門たちと再会し、もう一度生き直すのが前作『再会』の骨子だった。――と書くと簡単そうだが、生き直すと決めるまでには、さらに古くからの読者には衝撃の展開がある、ということを書いておこう。
『再会』では、もうひとつ、大きな変化があった。それまでは具体的な社会情勢や政治色はあまり前面に出て来なかったが、『再会』からは「天保の改革」が物語の中心テーマになったのだ。
老中・水野忠邦のもと、南町奉行の鳥居耀蔵は蘭学者を忌避し、弾圧を加える。合わせて芝居や絵草紙といった娯楽も大幅に規制。折からの飢饉も重なり、庶民は一方的な政策に苦しめられる。水野の敵対勢力である阿部伊勢守の兄からの依頼もあり、瓢六は弥左衛門たちとともに水野―鳥居ラインへの戦いを挑んでいく。
この『再会』から本書『破落戸』にかけては、物語が続いている――というか、長編の前後編のような関係にある。なので、できれば前作から続けて読まれることをお勧めする。
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