――取材の難しさはどこにありましたか。
石井 話しかけること自体は、一回やってしまえばけっこう慣れちゃうものです。固定観念で考えるほど怖い人たちじゃないし、逆に、普通の人たちよりも優しかったりすることもしばしばあるわけです。むしろ困ったのは通訳や運転手で、そうした人たちを物乞いのところに連れて行くのが大変でした。というのは、物乞いへのインタビューは路上やショッピングモールの前の階段にすわって行うしかないんですね。レストランやカフェではやらせてくれませんから。僕は外国人ですのである程度割り切れますけど、通訳などは地元の人間ですから、「友達に見られたくない」とか「あいつは危険だと噂されている」と言ってすごくいやがるんです。それをいかに説得するかがいちばん大変でした。
――なるほど。
石井 取材した物乞いの人が怒り出すこともありました。たとえばバングラデシュのある町でのことでしたが、その町はエビや魚の加工工場で成り立っているんです。先進国への輸出向けの工場で、過酷な労働を強いられるんですが、賃金はものすごく安かったりする。そこで事故が起きて腕を失ったり、骨を折って脚が曲がってしまったり、そういう人たちが工場で働けなくなって、町中で物乞いをしているわけなんです。すると、「先進国の連中がオレの首を切った」とか、「物乞いにした」という意識があったりするんです。そこに、僕みたいな日本人がひょっこり現れて話を聞かせてくれと言ったら、怒りますよね。つまり、「お前らがオレの首を切ったんだ」、「そもそも腕を失くしたのは劣悪な環境の中で働かされたせいだ」と。「何で今さらそんなことを聞きにくるのか。オレはお前らのせいで物乞いをして内臓を売って生きてきたんだ」……。それで殴られたりしたこともあります。グルッと囲まれたんで、走って逃げたこともありますし。
――ひえー。すると、ボツになった取材も多いんでしょうね。
石井 一章にメインで一人が出てくるとしたら、その五十倍ぐらいの人数には当たっていると思います。
――取材方法の感触をつかんだというのは……。
石井 カンボジアでは結構うまくいったかなという感触はありました。それは一緒にお酒を飲んだりご飯を食べたり、ときには路上で並んで寝たりしながらやってみたときに、結局は、普通にインタビューするなんて馬鹿げているんだろうなと思ったんですね。インタビューして得られる情報なんて、当たり障りの無いその人の歴史や客観的な事実であって、さらに言えば、ほんとに苦しんでいる人っていうのは、苦しみを表現できないですよね。あるいはそれを語ろうともしない。であれば、たとえば一緒にお酒を飲んでご飯を食べて、一緒に過ごしてみて、その中でときおり垣間見られるものがいちばん大切なんじゃないかなと。
――一緒にご飯を食べたり一緒に寝たりと、軽くおっしゃいますが、たとえばどんなものを食べるんですか。
石井 とんでもない腐ったものとか出されますよ。いわゆる残飯みたいなものです。
――そういうもの食べるんですか。
石井 はい、食べますね。もちろん腹をこわしますけど(笑)。酒とかも回し飲みするんですが、もう舌が痺れますからね。インドじゃ「アイスあるよ」って言われて食べたんですよ。いわゆるアイススティックというより、どこかで拾ってきた枝みたいなものにオレンジ色の氷がついているんです。でもオレンジの味はしない。で、そのアイスが溶けて服の上にポトンと落ちたんですね。だけどそこにいくら石鹸つけて洗っても、そのオレンジ色が落ちないんです(笑)。舌は三日間、痺れっぱなしだし(笑)。
――石井さんを殺して金品を奪おうとしたんじゃないですか。
石井 ハハハ、全部食ってたら死んでたかもしれない。ちょっと舐めたら、舌が痺れたから良かったんですが。
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