書評

前進する育児……それはなんと陳腐で、なんと本質的なんだろう

文: 伊藤 比呂美 (詩人)

『はるまき日記 偏愛的育児エッセイ』 (瀧波ユカリ 著)

 前進した瀧波さんは、30年前、わたしができなかったことをどうどうとやっている。簡単なことです。可愛い子どもをああ可愛い、なんて可愛いと大声で言うこと。

 わたしは、子どもを詩の中で殺しました。どれだけこっちが疲れ果てているか、何もできないか、自分になりたいか、これでもかこれでもかと書きました。「はるまき日記」にはそういうネガティブなとこは、ぜんぜんありません。

 なにしろ昨今、児童虐待のニュースには事欠きません。80年代にもあったんですけど、こんなにみんなが気づいてるわけじゃなかった。気づきはじめたら、こんどはみんなが、子どもは可愛いということを忘れてるんじゃないかと思うほどです。

 子どもは可愛い。可愛いから、育てるのが苦労でも、親は育ててうれしいのだということ。しかもそれは初めから無条件でわたしたちが持っていた感情じゃなく、しだいに備わってくるものであるということ。親だって、石の上にも三年(この場合は一年未満)ということ。それにちゃんと気づいて、ちゃんと言ってくれる瀧波さんは、やっぱり80年代の人じゃなく、今の人なんだと確信したんであります。

 瀧波さんは言います。「はるまきが可愛い」と。そして「まるきり恋だ」とつづけます。

 最初から恋に落ちていたわけじゃない。生まれたての頃のはるまきは、私を求めて泣いていてもそれは本能的なものであり、乳が飲みたいだの眠たいだのを伝えるためにやっているということを私は知っていた。どうせ私の体だけが目当てなんでしょと、ある種の諦めを胸に抱いていたものだ。しかしここに来て、欲求だけ満たせばあとは用無しという態度だった相手が、やにわにこちらに向かって微笑みかけ、歩み寄り、抱きついてきたりするものだから、それはもうたまらないわけなのである。――10月1日(土)

 よその子供なんか見てもはるまきに似ても似つかないばかりか、愛らしさははるまきの足下にすら遠く及ばないと感じるのだから不思議だ。――10月18日(火)

 そして偉大な結論が引き出されてゆくのであります。

 物欲に続いて自己愛まで目覚めたもよう。それでいい。私や夫よりも、どんどん自分を愛してくれればいい。――11月2日(水)

 わたしなんか、この結論に、3人目の子が4歳くらいのときにやっと達しました。上2人のときは、思春期になるまでわからなかったことです。このまま瀧波さんがあと何十年も、子どもを生み続け、観察しつづけていったら、どんなすごい結論が出るでしょう。結論を見る前から、うれしくてゾクゾクします。

はるまき日記 偏愛的育児エッセイ
瀧波ユカリ・著

定価:本体600円+税 発売日:2014年12月04日

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