- 2016.11.08
- インタビュー・対談
現実の手触りと小説の嘘――横浜をめぐって 堂場瞬一×伊東潤【後編】
「別冊文藝春秋」編集部
『横浜1963』 (伊東潤 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
堂場 ミステリー好きの間では、御三家の中で誰にハマるかでその後の人生が決まるとよく言われますよね。私はロス・マクドナルドだったので、地味な人生を送ることになりましたが(笑)。彼の小説には派手な展開や謎解きがほとんどないんですよね。
伊東 確かに何も起きないので、私はイマイチ入り込めなかったですね(笑)。
堂場 ワクワクするような小説では決してないんですよね。でも基本的な舞台はカリフォルニアの上流社会で、日本人にはまったく馴染みのない世界なんです。そこが新鮮で良かった。
伊東 最近は、感情移入できる小説がいいとされますが、マクドナルドはその真逆で、読者を突き放すかのようにクールですね。
堂場 私は小説を読むときに、主人公に共感したり感情移入したりしたくないんです。共感できるということは、すでに自分がその感情を知っているということじゃないですか。小説の楽しみは、未知のものに出会うことだと思っているので、むしろ主人公が自分の理解の及ばない嫌なやつの方が、小説を読んだという実感を得られます。
伊東 同感ですね。
堂場 それで言えば、『横浜1963』も、ほぼ共感拒否の小説ですよね。登場人物にみんな嫌なところがある。これはかなり高度なテクニックが必要なんですよ。ふつうはこれだけ嫌なやつが揃っていると、妙にものわかりのいい上司を一人くらい出したくなるものですが……。
伊東 僕はサラリーマン時代に営業職だったので、あらゆるタイプの人と関わってきました。そこでわかったのは、完璧な人間なんていないということです。織田信長や西郷隆盛といった歴史上の偉人を書くときも、神格化してしまうと彼らの実像がぼやけてしまう。清濁併せ持っているのが人間だし、できるだけ等身大の人間を描かないと、逆に歴史上の人物に失礼だと思います。
堂場 小説の使命は、結局は人間のエゴを描くことだと思うんです。エゴって個人に属することですから、突きつめていくと共感できないものになる。でも、最近はそういう人間の業のようなものを描く真っ直ぐな小説が好かれなくなったとつくづく感じています。
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