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平易な話言葉に凝縮された人生の真実――より良く生きるヒント満載の講演録

平易な話言葉に凝縮された人生の真実――より良く生きるヒント満載の講演録

文:関根 徹 (元・文藝春秋編集者)

『心に灯がつく人生の話』 (文藝春秋 編)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

 本格的に復活したのは二十七年である。文藝春秋創刊三十周年記念として、九州地方から開催し、以後、毎年の恒例となった。

 この頃の講演会の特徴は、四泊五泊という長さで、講師の人数も五人から六人と多かったことである。九州の時、初めて飛行機を利用したが、新幹線はまだないし、全般に交通機関が今ほど発達していないから、移動に時間がかかる。長期にならざるを得ないのだが、ゆったりと各地の風物人情に接することができる本来の旅行だったともいえるのだ。直接その土地に行かなければ味わうことのできない行事や特産品が沢山あった時代である。講師にとっても、エッセイの材料になるような珍しい体験や意外な美味に出会う楽しい旅という一面があったようだ。

 吉屋信子さんが、小林秀雄、堀田善衛さんといった方々と四国を廻ったことがある。金毘羅様にもお参りしたが、御本宮までは七百八十五段もの石段がある。すでに高齢だった吉屋さんが途中でダウンしてしまった。そこで若い随行員が背負って登った。どちらにとっても忘れられない思い出だろう。それにしても、いずれ劣らぬ人気作家が、よく長い時間を作り出してくれたものだと感心する。この頃が、講演会のベル・エポックだったのかもしれない。

 後年、私もその一員だった主催者側が一番苦労したのは、各講師のスケジュール調整である。マスコミの多様化のせいか、以前とは比べものにならないほど皆さん多忙になっている。何泊もの旅行は無理だし、何人もの方に同じ日程で動いてもらうことも不可能に近い。次第に一泊か二泊、講師も三人から二人というところに落ち着かざるを得なくなった。

 講師が二人になると、人選にも苦心がいる。同じ作風の作家同士より、異った個性の方を組み合せるほうがいいのである。その意味で絶妙だったのは、平成十九年の阿川弘之さんと阿川佐和子さんの組合せである。父と娘の講演は前代未聞だろう。文藝春秋創刊八十五周年記念行事として開催されたのだが、そのあと講演会は休止の状態になっている。その意味でも記憶に残る会だった。

 前座をつとめるのは佐和子さんだが、話題の半分は父上のことで、それも悪口である。「理不尽に怒る」「力ずくで家を追い出された」などいかに悲惨な子供時代を送ったかを強調する。だが、笑顔でサラリと話すせいか、聞いていて少しも嫌な感じがしない。しかも、そんな「悲惨な」育ち方をした娘が、今の佐和子さんなのだからいいではないかと誰でも思ってしまうのだ。ただそうであっても、聴衆は次に阿川さんがどんなお顔で出てくるのか興味津々になる。ここで立派なのは阿川さんで、娘の話など一切なかったかのように、一言もふれず、その土地とご自分の縁やつながりから話に入り、ユーモアとエスプリの効用を淡々と話すのだ。最後に佐和子さんも再登壇して一緒に挨拶したが、父と娘の温いつながりを象徴するような光景だった。聴衆の盛大な拍手が講演の成功を如実に物語っていた。

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心に灯がつく人生の話
文藝春秋・編

定価:本体610円+税 発売日:2015年06月10日

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