そんなふうに凝った書きぶりでありながら、決して読みにくくはならず、むしろ読者を焦らす絶妙のクリフハンガー効果をあげているのも練達のストーリーテラーならではの心憎いテクニック。スコットとリーシーそれぞれの個人的なイディオム、夫婦だけの秘密のジャーゴンをはじめ、緻密な計算のうえで全篇にちりばめられたいくつもの“言葉、言葉、言葉”を媒介に、過去と現在が共鳴しあい、物語がしだいにスピードを速める螺旋(らせん)を描きながら、あまりにも凄絶な核心に迫っていくあたりは息づまるほどの迫力ですし、壮絶なクライマックスのあとの穏やかなコーダとその終幕には、痛切なほど美しいラブストーリーでもある本書の締めくくりにふさわしい、哀切のラストシーンが待っています。
本書でもキングは愛読者にむけて、さりげない描写を通じてさまざまな目くばせを送っています。先行作品への言及を見つけだす“ブール狩り”もまた、キング作品を読む楽しみのひとつなので委細は省きますが、スコットの兄にならってヒントを少々。下巻冒頭でリーシーの意識をよぎっていくスコットの詩の一節は、このあとがきにも題名が出ている某初期長篇にすでに登場していました。本書の最重要キーワードである〈ブール! おしまい!〉のフレーズは、キングのライフワークともいえる〈ダーク・タワー〉シリーズの一冊にさりげなく登場していました。マイクル・ヌーナンとダークスコア湖、シューターズ・ノブといった固有名詞は、いずれも作家を主人公としたキングの先行作品への言及です。またキャッスルロックは数多くの作品の舞台になっているメイン州の架空の町なので言及も多いのですが、熱心なファンの方ならお気づきのように、本書では先行作品における記述と食いちがう部分も見うけられます。しかし、〈ダーク・タワー〉の世界にリンクしているように読めなくもない描写が散見されることをあわせて察するに、本書のキャッスルロックは時空に無数に存在する世界のひとつのキャッスルロックである、という解釈も成りたつと訳者には思えます。
ついでにもうひとつ。作中、スコット・ランドンがベストセラー作家の地位を確立したホラー長篇として『空っぽの悪魔』という題名が出てきます。キング自身があとがきで明かしているようにヒントはシェイクスピア作品だったとのことですが、どうやらこの“空っぽの悪魔”というフレーズはキングのお気に入りのようです。というのも、『シャイニング』の続篇として前作から三十六年後の二〇一三年にキングが発表した『ドクター・スリープ』Doctor Sleepにも、ある種の超自然的存在の形容としてこのフレーズがつかわれているのです。
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