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巨匠キング 最愛の一作

巨匠キング 最愛の一作

文:白石 朗

『リーシーの物語』 (スティーヴン・キング 著/白石朗 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 ……という本書のおおまかな設定からは、最愛の妻を事故でうしなった作家が主人公の『骨の袋』(新潮文庫)が連想されます。作家や創作がテーマになっている作品としては『シャイニング』(文春文庫)や『ミザリー』(同)、『ダーク・ハーフ』(同)はもちろん、『ランゴリアーズ』(同)収録の中篇「秘密の窓、秘密の庭」なども思い起こせるでしょう。しかし『リーシーの物語』では、冒頭の時点で作家はすでに死後二年で、主人公はその妻、人生の伴侶であったとはいえ夫の創作活動にはさほど深く関与していなかった女性です。女性が主人公といえば、『ドロレス・クレイボーン』(同)と『ジェラルドのゲーム』(同)、『ローズ・マダー』(新潮文庫)といった作品群が思い浮かぶところですが、本書はスタイルや内容でこそ前述の先行作品を踏まえつつ、さらにキングがこれまで以上に創作活動という秘儀の本質や、さまざまな“言葉”の本質と真剣に対峙し、深く踏みこんだ野心作だといえそうです。

 この小文の冒頭に引用したインタビューをはじめ、キングはさまざまな場所でこの『リーシーの物語』を最愛の自作にあげています。二〇一三年に海外のインターネット掲示板に“降臨”してファンの数々の質問に直接応じたときにも、同様に答えていました。また『夕暮れをすぎて』(文春文庫)に風間賢二氏が寄せた解説では、キングのこんな発言が紹介されています――「これはとても特別な本だ。これまでに自分が書いた本のなかでも唯一これに関してだけは書評を読みたくない。というのも、この本について不快なことを言う人間がいるだろうから。そんなことわたしにはたえられない。人は自分の愛している人に対して卑劣なことをするやつがいたら、そいつを憎むだろう。それと同じことだ。わたしはこの本を愛しているのだ」。

 こういった作家自身の発言の数々からは、本書『リーシーの物語』が作家としてのキングにとっても、また家庭人としてのキングにとっても、きわめてプライベートな部分を(あくまでもフィクションのかたちで)前例がないほどあらわに描きだした切実な作品であることがうかがえます。

 その本書でキングはお家芸ともいえる、倍率をあげながら細部に迫っていくかのような濃密きわまる描写と、時系列を再構成するフラッシュバックやフラッシュフォワードを駆使しています。過去の秘密への鍵になるキーワードやイメージや会話の断片などが、主人公の思考の道筋を断ち切って強引に割りこんでくるスタイルや、さまざまな書体をもちいて視覚に訴えるタイポグラフィも愛読者にはお馴染みのもの。スコットの慄然とするような過去や創作活動にまつわる秘密の数々がじわじわと、ひとつずつ明かされていく回想シーンは、“過去はすべてが起こりつつある場所”という意味の本文中の言葉を実証するかのように現在形で書かれています。回想のなかでの回想、さらにその回想のなかでの回想……という入れ子構造になっている箇所もあります。

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リーシーの物語 上
スティーヴン・キング・著/白石朗・訳

定価:本体970円+税 発売日:2015年02月06日

詳しい内容はこちら

リーシーの物語 下
スティーヴン・キング・著/白石朗・訳

定価:本体980円+税 発売日:2015年02月06日

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