「弘法大師」菊池寛(「キング」一九三四年六月号・講談社)
まさか、あの菊池寛が、空海についてこのような文章を書いていたとは、皆さん知らなかったでしょう。
ぼくも知らなかった。
これを見つけてきてくれたのは、編集のI氏である。
全編、菊池寛の「言いわけ」でできあがっている。
弘法大師(空海)について、戯曲を書いてくれと頼まれて、これを受けてしまったのはいいが、書けない。
何故ならば、弘法大師があまりにも偉大だからであり――と、いかに空海が凄い人物かということを書きながら、書けない書けないと言いわけしているのである。
この言いわけが長い――なんだ、結局書いてるじゃないか。
こういう手法もあるのである。
今度、原稿が書けない時は、この手口をぼくも使ってやろうというのは冗談である。菊池寛の言いわけは芸になっても、ぼくの言いわけはさまにならない。
しかし菊池寛、言いわけは書いているものの、肝心の戯曲については本当に書けない。
直木三十五の所へ相談に行ったり、山本有三にアドバイスを受けたりして、それでもどうしても書けないと泣いている菊池寛が、なかなか愛しかったりするのであります。
「空海密教の思想」藤巻一保(『真言密教の本』改稿・一九九七年・学研)
安倍晴明関係の本も出している博識の著者が、空海および密教周辺の事項について語っている。
解説としてわかり易い。
文中で、空海の『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の詩、
三界(さんがい)の狂人は狂せることを知らず。
四生(ししょう)の盲者(もうじゃ)は盲なることを識(さと)らず。
生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、
死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し。
を引用し、
「なんと重く、せつない言葉なのだろう。これを読むたびに筆者は、ここに描かれた『三界の狂人』『四生の盲者』は自分だと思わずにはおられない」
と書いている。
同感。
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