書評

夢を運ぶ男

文: 夢枕 獏

『空海曼陀羅』 (夢枕獏 編著)

本書は2004年に日本出版社より刊行された単行本『空海曼荼羅』を文庫化したものです。単行本として出版された折に寄せられた著者の解説文を再録して公開します。 ※内藤正敏氏の「ミイラ信仰の研究」(抜粋)は、ご本人に連絡がとれず、当文庫には再録しておりません。

「弘法大師」菊池寛(「キング」一九三四年六月号・講談社)

 まさか、あの菊池寛が、空海についてこのような文章を書いていたとは、皆さん知らなかったでしょう。

 ぼくも知らなかった。

 これを見つけてきてくれたのは、編集のI氏である。

 全編、菊池寛の「言いわけ」でできあがっている。

 弘法大師(空海)について、戯曲を書いてくれと頼まれて、これを受けてしまったのはいいが、書けない。

 何故ならば、弘法大師があまりにも偉大だからであり――と、いかに空海が凄い人物かということを書きながら、書けない書けないと言いわけしているのである。

 この言いわけが長い――なんだ、結局書いてるじゃないか。

 こういう手法もあるのである。

 今度、原稿が書けない時は、この手口をぼくも使ってやろうというのは冗談である。菊池寛の言いわけは芸になっても、ぼくの言いわけはさまにならない。

 しかし菊池寛、言いわけは書いているものの、肝心の戯曲については本当に書けない。

 直木三十五の所へ相談に行ったり、山本有三にアドバイスを受けたりして、それでもどうしても書けないと泣いている菊池寛が、なかなか愛しかったりするのであります。

 

「空海密教の思想」藤巻一保(『真言密教の本』改稿・一九九七年・学研)

 安倍晴明関係の本も出している博識の著者が、空海および密教周辺の事項について語っている。

 解説としてわかり易い。

 文中で、空海の『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の詩、

三界(さんがい)の狂人は狂せることを知らず。

四生(ししょう)の盲者(もうじゃ)は盲なることを識(さと)らず。

生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、

死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し。

 を引用し、

「なんと重く、せつない言葉なのだろう。これを読むたびに筆者は、ここに描かれた『三界の狂人』『四生の盲者』は自分だと思わずにはおられない」

 と書いている。

 同感。

【次ページ】「沙門空海」吉田絃二郎/「空海」清水義範

空海曼陀羅
夢枕獏・編著

定価:本体740円+税 発売日:2016年10月07日

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