- 2015.02.03
- 書評
炭水化物は人類を滅ぼさない
文:垂水 雄二 (科学ジャーナリスト)
『私たちは今でも進化しているのか?』 (マーリーン・ズック 著/渡会圭子 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
一つは原始人の生活はけっして安楽でも快適でもなかったことである。農耕が誕生しなければ、たえず飢え死にの危険にさらされていただろうし、文明はうまれなかっただろう。幼児の死亡率は高く、病気や災害に苦しめられることも多かったに違いない。古代人の平均寿命が短いのは、成人が短命だったのではなく、死亡率が一般に高く、とりわけ幼児死亡率が高かったからにすぎない。旧石器時代とまではいわなくとも、第二次世界大戦以前の日本でさえ、出産時の妊婦の死亡率は一〇万人当たり、二〇〇人(現在では四人以下)、乳児の死亡率は一〇〇〇人当たり約一〇〇人(現在では二・五人以下)といった有様で、自然分娩が安全だなどとはけっしていえないのだ。こういった「昔は自然で良かった」という幻想は多くの「自然派」がもちだすが、「自然」は危険に満ちてもいたのだ。
二つ目の誤りは、旧石器時代人から現代の人間までのあいだに、身体的な進化がほとんどなかったという仮定である。農耕の起源は約一万年前で、人類の長い歴史からすればほんの一瞬でしかない。正統的な進化論では、進化は長い時間をかけてゆっくりと進行すると考えられるから、一万年くらいでは、身体的な進化はほとんど起こらない。現代社会に生きる人間も基本的には狩猟採集時代と同じ肉体をもち、その肉体と文明生活の齟齬が生活習慣病の原因となるだろうというのも、常識的な見方だったといえよう。
ところが、近年、進化生物学の発展につれて、驚くほど短期間で進化する実例が次々と明らかになってきた。本書の著者、マーリーン・ズックはその代表的な研究者である。ズックは、ハワイのカウアイ島にすむ美しい鳴き声で知られたナンヨウエンマコオロギが、寄生バエから身を守るために、わずか二〇世代のうちに鳴かなくなったという発見によって一躍世界に名を知られることになった。それ以外にも、本書の第三章でくわしく説明されているように、グッピー、ダーウィンフィンチ、オオヒキガエルなどいくつもの種で、一〇〇年以内での急速な進化の実例が確認されている。人類においても、ミルクを分解する大人のラクトース分解酵素が、牧畜生活が始まって以後に、一部のアフリカ人やヨーロッパ人のあいだに急速に進化した(厳密に言えば、大人になってこの酵素をつくる遺伝子のスイッチがオフにならなくなるという変化)。体のつくりを変えるというような大がかりな進化は長い時間がかかるが、酵素の改変のような小さな進化は短時間でいくつも起こっている。
文明の発展とともに、人類は良きにつけ悪しきにつけ、劇的な環境の変化を生みだしてきた。生物としてのヒトの体は、その変化に応じて微細な改変を積み重ねてきたのであり、これからもそれを続けていくに違いない。
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