第一に、「幸せを求めて手に入れる」という、最もオーソドックスな人生の型がある。新右衛門は、日本一の酒を造りたいと願い、試行錯誤の末に成功する。徳川家康は、天下の覇権を取りたいと願い、関ヶ原の合戦に挑む。
第二に、「一度は手にした幸せを失ってしまう」という人生の型がある。新右衛門が自らの不注意から、せっかく造っていた酒を腐らせる場面は、象徴的である。これですべてが終わりにならなかったのは、その直後の新右衛門の立ち直りが素早かったからである。だから、最後の場面で、鴻池家の命運を賭けて家康の謀臣本多正信と対面しても、鴻池家の身代を潰(つぶ)すことはなかった。
本書では、新右衛門が出会った三人が、人生の絶頂期に幸福から不幸へと転落する悲劇に遭(あ)っている。千利休、小早川秀秋(こばやかわひであき)、大久保忠隣(ただちか)である。この三人には、慢心や堕落はなかった。にもかかわらず、運命の非情さに翻弄された。この転落は、権力の中枢に接近しすぎたゆえに起きた。権力に近寄らず、権力から目の仇にされず、それでいて天下の人々に喜ばれる。なおかつ、そういう生き方を保ち続ける。その困難さを新右衛門は身に沁みて知ったからこそ、「一度は手にした幸せを失わない」ために、子孫に残す「家訓」(『子孫制詞条目(しそんせいしじょうもく)』)を書き記した。
第三に、「失った幸せを取り戻す」という人生の型がある。新右衛門の父鹿介は、毛利家に滅ぼされた主家である尼子家の再興を願い、戦い続けた。尼子家の居城である月山富田城(がっさんとだじょう/現在の島根県安来市)から眺める月は美しかった。その記憶が、鹿介の取り戻したいと願っている「失われた幸せ」のシンボルである。
「幸せ」と関わる流儀の第四は、「一度手にした、あるいは持って生まれた幸せを捨てる」という激しい人生の型である。新右衛門は、猛将・勇将として誰一人知らぬ者のない山中鹿介幸盛の遺児である。「武士の子」である。だが、深く考えるところがあって、新右衛門は武士であることを放棄した。後年、家康の天下取りを支えた本多正信が、新右衛門に、「そなたが山中の家を継いでおれば、今頃は十万石程度の大名になっておったろう」と語っている。これだけの幸せ、正確には「幸せになる可能性」を、惜しげもなく新右衛門は捨てた。そして、「商人=商賈(しょうこ)」として、新生したのである。
以上の四つで、「幸せの型」は尽きているのだが、新右衛門はさらに、「第五の道」を切り拓いた。それが、「自分の得た幸せを、他人に運んで伝える」という人生の型である。彼は、ただの「文使い=メッセンジャー」ではない。自分で造った「名酒」を、上方から江戸の人々まで、味を損なわずに運ぶという天職を発見したのである。つまり、新右衛門の造った「幸せ=酒」が、「流通」機構の確立によって、大消費地である江戸の人々へと手渡された。この五つ目に、鴻池家の成功した革新性があり、この「幸せの型」を描いた点に、『月に捧ぐは清き酒』という小説の新しさがある。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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