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幸せを運ぶ男

幸せを運ぶ男

文:島内 景二 (国文学者)

『月に捧ぐは清き酒 鴻池流事始』 (小前亮 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 幸せを造ろうと努力する人がいれば、他人の幸せを壊そうとする意地悪な人もいる。新右衛門は、新六と名乗っていた少年時代に、秘かに城のミニチュアを造っていた。江戸時代後期の思想家である本居宣長(もとおりのりなが)は、若かりし頃に架空の城下町の地図を描くことに熱中していたというが、共通する性格である。自分で新しい世界を造るためには、その城なり図面なりに、そこで暮らす人間の幸せを吹き込まなければならない。それが、沈滞した世界に新風を吹き込む。

「幸せ」という生命を奪おうとする悪人や、過酷な運命と戦いながら、自分が造り上げた「幸せ」を守り、伝える術を、新右衛門は身につけてゆく。新右衛門は、自分の大切な城が何者かに壊された時、「造る過程が楽しいのだ」と悟ることで、この危機を乗り越えた。そう、人生は、生きる過程が楽しいのだ。そのことを教えてくれたのが、はな。はなと新右衛門は、似た者同士の理想的な夫婦となる。新右衛門が、出張のたびに、留守番をしているはなへのお土産として「かんざし」を買って、それが増えてゆく場面は、ほほえましい。我が身と比べる読者は多いだろう。

 ここから、作品の構成について考えたい。第一章「戦場を照らす月」では、織田信長に背いた荒木村重(あらきむらしげ)が有岡(ありおか)城(伊丹城)に籠城し、無残な結末になる。この凄惨(せいさん)な場面は、新右衛門が武士を捨てる決心を固めるために必要だった。大量の人間が無慈悲に殺される戦の実態を目(ま)の当たりにして、新右衛門は「平和」の尊さを知る。

 本書には、武士を捨てた新右衛門が自分を「臆病」だと卑下する場面がある。しかし、読者はわかっている。自分を臆病と言える新右衛門ほど、勇敢に人生と戦った人間はいないことを。

 ちなみに、画家の岩佐又兵衛(いわさまたべえ)は、荒木村重の子とされるが、有岡城の落城に際し、母親を含む一族が惨殺された。この経験が又兵衛を画家(絵師)へと変身させた。彼の代表作の一つで、源義経の母の常盤御前(ときわごぜん)が美濃の国の山中(やまなか)の宿で惨殺される義経説話を絵画化した「山中常盤物語絵巻」は、有岡城の凄惨な記憶を投影したものと言われる。地名の山中が、偶然にも戦場に生き戦場で死んだ「山中鹿介」を連想させて、不気味である。新右衛門は、有岡城で目撃した非人道的な体験を、商人へ変身するスプリングボードとした。自分の生きる現実世界を、美しく、平和に満ちた芸術作品に造り替えようとしたのだ。

 新右衛門が(そして、はなも)「師匠」と慕う大叔父の信直(のぶなお)は、ファンタジー小説における「老賢人」の役割を果たしている。信直は新右衛門に、商人として生きる道、はなと結婚する道を指し示しただけではなかった。彼は、酒が好きだった。しかも、彼の号は、「喜楽斎」。「酒」が彼の人生の喜びであり、最大の楽しみである。ここに、新右衛門が「酒という幸せ」に、商人としての活路を切り拓く方向性が見出された。さらに、信直の妻のやえの臨終の一言が、濁った酒を澄ませて清酒を造る技術革新のヒントとなるなど、小前亮の伏線の張り方は見事である。

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月に捧ぐは清き酒 鴻池流事始
小前亮・著

定価:本体860円+税 発売日:2016年11月10日

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