話しながら、菜月にも言えなかったことをどうして話しているのだろう、と思った。思いながらも言葉は澱みなく口からでて、私はくだらない顛末をたんたんと語った。背後の水辺で蛙が鳴いて、昔見た動物番組がよぎった。異物を飲んでしまうと、蛙は口から内臓をだして洗うそうだ。なんだか、自分もそんな作業をしているように思えた。
全さんは煙草を吸いながら黙って聞き、「で、その後どうなった」と煙を吐いた。
「一度も話していません」
いまだに、多田とは互いに目も合わせない。私が同学年の男子を避けるのも、この苦い経験からだった。しかし、話し終えてみるとあまりに間抜けで力ない笑いがもれた。
「でかいのになんで穴が小さいんだよ、とか言われましたよ。あんな馬鹿みたいなこともう嫌ですね」
傷ついてはいない。これは、ただの幻滅だ。そう思えることにかすかに安堵する。
「馬鹿みたいな奴とやるからだろ」
全さんが呆れたように言った。
「そうですよ、私も馬鹿ですよ。でも、父にはちゃんと隠していました。悲しむって知ってましたから。知られたくないし、知りたくない。家族ってそういうものじゃないですか」
煙草を口の端からぶら下げて、全さんがふいをつかれた顔をした。それから、顔を歪めて笑った。
「そうだな」
低い声で、自分に言い聞かすようにもう一度言う。
「そういうもんだったな、家族ってのは。なにより感情論が優先される」
私が感情的ということか。むっとして訊き返そうとすると、全さんが目を細めて私を見た。
「恭平(きょうへい)は駄目だな」
返事ができなかった。この人にも家族がいたことを思いだした。廣瀬(ひろせ)写真館の老夫婦だけではない。おそらく自分で作った家族もいた。けれど、それは壊れるか失うかしてしまい、今はもうないのだろう。なぜか、それに気付いてしまった。全さんはまた小さく笑った。
「男は隠すのが下手なんだよ」
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