- 2017.10.31
- 書評
十年の時を越え、ホーチミンから東京へ。Sawakiへの追走は、まだまだ続く。
文:田中 長徳 (写真家)
『キャパへの追走』(沢木耕太郎 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
沢木は青春時代にインドシナの経験が欠如しているので今回初めて来たと言った。それで私は先輩風を吹かせて沢木にサゼスチョンしたのである。厳密には私の方が半年年長だからこの越権行為は許してもらえるかもしれない。私はこう言った。
沢木さんは初めてのご訪問でしょうからヴェトナムでバイクが多いと言うのはよくわかります。すべてのツーリストの第一印象がそれなんですね。
でも次回はぜひハノイにおいでなさい。ハノイがすべての中心ですからヴェトナム観が変わるかもしれませんよ。
沢木は人懐こい感じで自分の旅の道具について話をしてくれた。
ハンティングワールドの大きなショルダーバッグ一つで旅をしているが、それは高倉健さんからいただいたものであるということだった。
深夜に出発時刻が来たので私は丁寧にお礼を言って辞した。私はヴェトナム航空、沢木は日本航空であったので1時間ほど出発時間がずれていたのである。
この遭遇は私にとってビッグイベントであった。でも日常の多忙にさらされてそのままその事は忘れてしまった。
一つの点が線で繋がったのは10年ほど後のことだ。
矢来町にある出版社の私の担当編集者からメールが来た。沢木耕太郎さんが田中さんに連絡を取りたがっているのだがメールアドレスを教えてよろしいでしょうか? と言うのである。
良いも悪いもなかった。10年前のホーチミン空港のラウンジでの小一時間の遭遇の際に、われわれはメールアドレスの交換を忘れていたのである。
すぐに沢木からメールがあった。電話番号が記してあってここに電話してくれと言うので、電話をしないのが私のビジネスのスタイルであるがこの時は相手は神様であるからすぐに電話した。そしたらご本人がいきなり出てきたのである。
これがその後1年以上にわたる、沢木のキャパ研究のお手伝い、つまり『キャパの十字架』を執筆する上でカメラに対する知識を得たいという要望へのお手伝いの最初のつながりだった。10年ぶりに私へ、沢木の運がルーレット上に回ってきたことになる。
その頃、私は10年間にわたって六本木ヒルズの49階を事務所にしていた。仕事場の同僚には、私とほぼ同世代で沢木を神のように尊敬している人がいた。
彼の会社の若いスタッフにはいつも、沢木のようなドキュメンタリーを書けと言っていた。沢木との最初の打ち合わせの時に受付に彼を迎えて応接室へ向かうと、その沢木を神と信じている人と偶然すれ違ったのだが、彼はそれが沢木とは全く気がつかなかった。それはそうである。神様はそこら辺をウロウロ歩いているものではないからだ。
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