- 2017.11.26
- 書評
謎の長距離狙撃事件。どんでん返しの名手が仕掛けるトリックを見破れるか?
文:青井 邦夫 (銃器映画研究家)
『ゴースト・スナイパー』上・下 (ジェフリー・ディーヴァー 著 池田真紀子 訳)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
暗殺ではないが、一九六六年に起きたテキサスタワー乱射事件も後のフィクションに大きな影響を与えている。テキサス大学の時計塔に立てこもった元海兵隊員のチャールズ・ホイットマンがライフルを使って無差別に行き交う人を撃ったのだ。結局十五人が殺害され三十一人が負傷した。映画『パニック・イン・スタジアム』はこの事件を参考にしている部分が多い。
このように特定の人物を正確に暗殺するテクニックとしての遠距離狙撃はもっぱらフィクションの世界の殺人法だったのだ。
しかし犯罪の激化や世界情勢の変化にともない現実の狙撃に関する事情も少しずつ変化していった。テキサスタワーのような乱射事件や銃器を使ったテロ事件、ハイジャックのような犯罪が多発するようになると、それに対処する側にも狙撃という対処法が必要になってきたのだ。警察のSWATはもともと精密な狙撃で銃器犯罪に対処するというコンセプトで設立されたものだし、対テロ特殊部隊でも狙撃手は重要なポジションとなっている。昔の軍事作戦としての狙撃よりもさらに正確で精密な狙撃の必要性が増してきた。旅客機の操縦席にいるハイジャック犯を遠距離から分厚い窓ガラスを通して確実に狙撃するという、昔はなかった状況にも対処する必要が生まれたのだ。
以前は狙撃銃の口径も7.62ミリくらいが標準的だったが、最近では重機関銃で使用する五〇口径、つまり12.7ミリという大口径の狙撃銃がいくつも作られるようになってきたのだ。
これらは対物(アンチ・マテリアル)ライフルと呼ばれる。このような呼び方をするのは、暗に「対人用ではない」ということを強調し残虐な兵器ではないことを示唆しようという意図があるのだろう。しかし対テロ特殊部隊が使用する際は明らかに対人用にも使われる。12.7ミリとなれば弾丸の重さも7.62ミリより重くなる。そうすると風で流される率も減少し、より遠距離の狙撃に向いた弾となるのだ。破壊力も大きくなり旅客機の窓越しの狙撃も可能になる。
本作で言及される四二〇口径(約10ミリ)は架空の弾丸だが、416バレットは実在する。このバレット社は映画にもよく登場する五〇口径対物ライフル、バレットM82A1のメーカーとしても有名だ。
このように暗殺目的で使われるかどうかは別として、それに使用できる機材は確かに存在している。五〇口径の対物ライフルで三千五百メートル離れた標的を倒したのが今のところ狙撃の最大距離の記録だから、本書のような二千メートル離れた場所からの遠距離狙撃は不可能ではない。416バレット弾でも速度は音速の三倍近くになるし本書の四二〇口径弾はそれ以上の性能だ。それでも距離が離れれば着弾までのタイムラグも生じる。またバハマのような地域では気温によっては空気がゆらぎ、望遠照準器を使っても正確な照準が難しくなることもある。やはり遠距離狙撃はエキスパートのみが成せる特殊技術なのだ。
本作ではさらなる新技術も絡んでくるが、これ以上はネタバレとなってしまうので言及を避けよう。しかしどれも十分に実現可能な技術と言える。
さて、実はこの解説のなかには本作のあるトリックを見破るヒントが含まれている。狙撃の本質を理解できれば、もしかするとリンカーン・ライムより先に重要なポイントに気付くかもしれない。
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