- 2017.11.26
- 書評
謎の長距離狙撃事件。どんでん返しの名手が仕掛けるトリックを見破れるか?
文:青井 邦夫 (銃器映画研究家)
『ゴースト・スナイパー』上・下 (ジェフリー・ディーヴァー 著 池田真紀子 訳)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
軍事的な狙撃の場合は必ずしも特定の人物を倒すことが出来なくても、敵の狙撃手が狙っているということを示すことができればそれなりの効果はあるのだ。
しかし要人暗殺の場合は特定の人間が標的となる。どうしても特定の人間を抹殺する必要がある場合、近年では爆弾が使用されることが多い。こういった場合、周囲の無関係な人間も巻き込んで多数の犠牲者を出してしまうのは覚悟の上であり、それでも確実性を優先するのだ。
したがって狙撃という手段は付随的損害を最小限に抑える、つまり無関係な人を傷つけずに目標だけを倒す必要がある場合に採用されるはずだ。
ところが遠距離からのライフルを使った暗殺は現実の世界では思ったほど多くはない。銃器によって暗殺された事例でもリンカーン大統領は劇場で背後から小型のデリンジャー拳銃で撃たれたし、ロバート・ケネディ上院議員も近距離からリボルバーで撃たれた。エジプトのサダト大統領はアサルトライフルによる乱射で殺害された。
それなのに映画や小説で要人暗殺と言えば必ずと言っていいほどライフルによる狙撃が行われる。それはなぜなのか?
これはひとえに史上最も有名な要人暗殺、すなわちケネディ大統領暗殺事件の影響と言い切っても間違いではないと思う。
ケネディ大統領は一九六三年十一月二十二日にテキサス州ダラスでライフルによる狙撃で暗殺された。この時使用されたのは放出品のイタリア製カルカノ・ボルトアクションライフルで口径は7.62ミリ。標的までの距離は約百メートルほどだった。これは狙撃の距離としては比較的近い。犯人のオズワルドが一人で短時間に三発発射するのは不可能だとして、複数の射手がいたとする陰謀論もあるが、ある程度慣れた射手なら速射は不可能ではない。
この事件があまりにもセンセーショナルだったために、以降の映画では望遠照準器付きのライフルによる要人暗殺は定番的な表現となってしまった。さらに一九六〇年代中頃のスパイ映画ブームでスナイパーが狙撃銃にスコープとサイレンサーを取り付ける描写も何回も繰り返された。
ちなみにケネディ暗殺以前にライフルによる要人暗殺を描いた映画は一九五四年のフランク・シナトラ主演の『三人の狙撃者』と、その影響が感じられるリチャード・コンドン原作の『影なき狙撃者』(六二年)くらいだった。ちなみにこの映画もフランク・シナトラ主演だし、彼はその後も狙撃が焦点となるフランシス・クリフォード原作の『裸のランナー』(六八年)に出演している。
その後もフィクションの世界では劇画『ゴルゴ13』が生まれ、フレデリック・フォーサイスは「ジャッカルの日」を書いた。これは映画化され要人暗殺映画の代表作として広く知れ渡り、狙撃による要人暗殺のイメージをさらに強化した。もっとも、銃に詳しい人間はこの作品に登場する「水銀弾」の信憑性に疑いを持っている。『ジャッカルの日』以外で水銀弾に言及していたのはB級映画『エクスターミネーター』と『ルパン三世』くらいだし、回転して飛翔する弾丸に液体を入れるのはあまり好ましいことではない。さらに水銀は腐食性の問題で鉛の弾丸に封入するのは勧められないのだ。
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