- 2018.01.15
- インタビュー・対談
ふたり芝居『家族熱』、連続ドラマ「春が来た」制作者が語り合った向田作品の魅力と可能性【後編】
合津直枝(テレビマンユニオン) 松永 綾(WOWOW)
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#エンタメ・ミステリ
向田邦子の品格をつなぐ
合津 以前、テレビの企画に『家族熱』を上げたことがあるんですけれど、そこでは「合津さん、それはもう古いですよ」って言われてしまったんですよ。絶対にそんなことはないと思っていたので、気合い入っています。女性にとってドキドキするのは、好きだけれどそれを伝えてはいけない、我慢している恋心こそ、すごく色っぽい。ストッパーのかかった恋って、いちばん燃えるじゃないですか(笑)。
松永 一般的に映像の企画を決定するポジションの方は、向田ドラマの最後の方を見ていた世代ですから、「それはもう昭和のホームドラマでしょう」みたいに残念ながらとらえられてしまうこともあるんでしょうね。どうしてもサスペンスだったり、警察ものの方が派手に見えるし、企画が通りやすいということもあるような気がします。
でも、私個人としては、合津さんがおっしゃった三角関係の話はすごく緻密に計算されていて、キャラクター像も深くて、鋭くて、ものすごい緊張感が根底に流れていると思います。本当にドラマのお手本ですよね。もっともその分、難易度が高くて、普通に昭和のホームドラマとして撮ってしまっては、本来の魅力がなかなか伝わらない。
合津 大事件は起こらないですからね。向田さんは実は世間の大事件より、人間の心の中こそがいちばんすごい宇宙だと考えていらっしゃったと思うんです。
松永 だからこそ、不倫が事件でしょ、と(笑)。それがゾクッとしちゃうんですけどね。
合津 『家族熱』で前妻が後妻に無言電話をかけるところを、向田さんは「電話の向こうとこちらで優勝カップを争うように、あの方と私は争っている」って表現するんです。後妻に入っても家は同じだから、前の奥さんの好みのカーテンや食器を変えようとしたりするんだけど、この食器はちょっと高いから止めようか、と考えるところなんかは、本当に女心をつかまれます。
松永 そういうヒリヒリするところが、私もたまらないんですけれど、男性は生理的にちょっと怖いと思うみたい。脚本上でもロマンが混ざってまろやかになるというか、体のいいおとなし目の人物像になるというか。そういう風に向田作品を作っていくと、本質的なところで全然、違うものになってしまいますよね。
たとえば「春が来た」でも妹の女子高生の描写なんか気をつけないと、すぐに可愛くなってしまいます。妹の嫉妬やひねくれた感情をひっぱり出したり、情けない父親の不恰好なひたむきさを描いたりと、全員を奥行きのある人物にするための旗振りはしましたね。
合津 昔に比べたらずいぶん女性が増えましたけれど、テレビもまだまだ男性社会ですからね。私は向田さんからバトンを渡されたつもりで、“向田脳”になって台本を書いて、演出もするので、向田さんの険しさと毒味をちゃんと出していくというか、マイルドには決してしないと思います。
もっと女性の演出家が出てきてもおかしくないですよね。べつに力仕事じゃないんだし。女性の方が衣装にしても、セットにしても、日常を描くことにかけては男性よりずっと丁寧でしょう。
松永 そうですね。実は向田さんの原作をやるのは、スタッフの勉強にもなります。向田さんは暮らしの匂いのようなものを書かれている。それをト書きやセリフから読み取って想像して膨らませて、衣装や美術、小道具で心の機微を表現していくことは、すごく勉強になるし、非常に豊かな表現だと思うんです。
そういう意味で私は『向田邦子 暮しの愉しみ』をお薦めしますね。色んなビジュアル本が出ていますが、この一冊で向田さんの審美眼に触れ、向田作品の暮らしの匂いを紐解く手がかりになると思います。丁寧に暮らしを愉しむというのは、今でこそ注目が集まっていますけれど、そのはしりの向田さんのスタイルは、ぜひ若い方に見ていただきたいです。
合津 仕事でも趣味でも師匠を持たず、自分の目で器を選び、あんなに忙しいのにパパッとお料理を作ってしまう。そのスタイルも含めて素敵です。向田邦子の品格というか、不倫を扱っても下卑たところが全くないところが素晴らしいですよね。
松永 やはりその品格を、向田さんの作品を作る時には絶対に大事にしたいです。
合津 もしご健在なら九十歳近くになられていたでしょうけど、五十一歳で台湾の空にパッと散ってしまわれた。けれど、自分にいちばんフィットする手袋を生涯探し続けた向田さんが遺されたものを、私たちの世代が受け止めて、表現し続けていけば永遠に不滅ですよね。
松永 いつか『阿修羅のごとく』も自分で作ってみたいと虎視眈々と機会を狙っています(笑)。
合津 私は『冬の運動会』。それぞれが知らないうちに違う家族を持つようになっているのが深い。向田好きチルドレンとして、これからも向田作品を新しい形につなげていくことが、クリエイターとしての務めだと思っています。
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