「いや、古本屋はあたしのだけどさ」
「それなら、最初から、そう言ってくださいよ」
「最初からって?」
「だから、それは喜和子さんのじゃないって」
「だって、あんたが知り合いのだって言うから、あたしはてっきり」
店主とわたしの間にどういう行き違いがあったかは、この際、あまり重要ではないので割愛することにして、そこは喜和子さんの「上野の古本屋」であることが判明し、わたしはまた一転して、自分の勘の良さに満足することになったのだが、それ以上に気になったのは、喜和子さんの「探し物」だった。
彼女が見つけられなかった「探し物」とは、なんだったのか。
「そのことよ。あたし、少し前に、これじゃねえかなあってのを、発見してね。知らせてやろうと思ったんだけど、あの人、引っ越しちゃって居所がわからねえだろう。そのまんまになっちゃってたんだよね」
「ここに、あるんですか?」
「いや、ないの」
「ない?」
「ない。同業者にもずいぶん当たったけど、現物はないね。市場に出てるのは、ない。お国が持ってるのっきり、見当たらないね」
そう言うと、店主は本に囲まれたコックピットのような机の、下の方に手を突っ込んだ。そして、平成を飛び越して昭和めいた店舗にはかなり不似合いな真新しいマックブックをごそごそ引っ張り出すと、あっという間に国立国会図書館の検索サイトを立ち上げた。
「これじゃあねえかなあって、思ってんの」
店主の指先をたどってスクリーン上に表示された文字を読むと、そこには、
「としょかんのこじ」
と、書いてあった。
「としょかん!」
わたしは思わず声を上げた。
なぜ彼女がそれを探していたのか、それがどんな本なのか、店主にはどういう情報が喜和子さんからもたらされたのか、その時点ではまったくわからなかったが、「図書館」という言葉はわたしの中でまっすぐ喜和子さんにつながるキーワードだった。
「これ、どういう話なんですか?」
「だから、読んでねえから、わからねえのよ」
「喜和子さんは、どんな理由で探してたんですか」
「うーん、それもなんだか、よーくはわからねえ話なんだが」
店主はもう一つ飴玉を口に放り込むと語り始めた。
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