別冊文藝春秋

『あじゃりあじゃらか』藤沢周――立ち読み

文: 藤沢 周

電子版19号

 真言宗や智雲寺に関するものではありません。

 パンフレットの束を崩さないように、端だけ覗いていた一枚の紙を引き抜きます。よく市販の薬に入っている効能書のような、安っぽい薄い紙です。

「はじめに」の部分に、「当社では盗撮目的であることを秘してご購入された場合、被害届提出他、法的措置を取らせていただきます」と、これまたチープな感じのフォントで印刷されています。いかにも中国か東南アジアで印刷されたような、紙風船を思わせる薄い紙に青色のインクの文字が並んでいます。

「……当社販売の小型カメラによる違法な盗撮等が発覚の場合も、直ちに法的措置を取らせていただきます。お客様におかれましてはご協力賜りますよう、くれぐれもお願い致します」

 法的措置などという、訳の分からぬ文句に、思わず口元から笑いが漏れるというものでしょう。

「ACアダプター型カメラ HD高解像度 動体検知 ループ記録 Wi-Fi」

 コンセントに差し込むだけでホットスポット作成ができる監視・防犯用小型カメラ、その説明書。

 私がAmazonに注文して、昨日あきる野のコンビニエンスストアに届いた物なのです。物自体はまだビニール袋から出さないまま、洞灯院の離れにある私の部屋、その押入の奥に隠してありますが、とにかく使い方だけでも把握しておかなければなりません。

 掌の中に入るほどの小型カメラ……。

 他にもネット通販のページには色々ありました。天井に取りつける火災報知器型カメラ、ボールペンにしか見えないペン型カメラ、小指の先ほどのカメラ、消しゴム型のカメラ……。

 なんとまあ、世の中の需要というのは千差万別なのでしょう。いえ、千差万別なのは形だけであって、その煩悩の源は一つ。

 ですから、私がアダプター型カメラを購入したのも、あの密息さんが拝観料を時々くすねる証拠をつかむためでも、あるいは各堂に忍び込むことがあるという賽銭泥棒を取り押さえるためでもありません。

 洞灯院。時々宿坊としても使われ、海照阿闍梨が客人のために接見、祈祷する部屋に仕込むためなのです。

「……一枚……お願いします」

 女性の声が頭上でして、慌ててマニュアルを膝元に下ろしますと、ハイキング姿の初老の方が、優しい笑みを浮かべて立っていました。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版19号文藝春秋・編

発売日:2018年04月20日


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