なるほど鰊のにおいただよう旧北海道開拓使の建物では、文字どおり、間尺に合わないのである。もちろん金庫は入れているし、それはなかなか頑強なものだが、それにしてもやはり一から建物そのものを分厚い壁でつくるに如くはない。地下階に入れるならなおさらである。
――日銀には、日銀専門の建物を。
とはいえ、彼らは金融の専門家である。こと建築に関しては“しろうと”で、もちろん彼らの親玉である総裁・吉原重俊も、そもそもの創立者というべき松方正義も、やっぱり門外漢だった。
そこで彼らは、建築専門のお役所へ、
――建築家を、推薦してくれ。
と依頼することになる。その建築専門のお役所というのが、この場合は、内閣の臨時建築局なのだった。
臨時建築局。
前月にできたばかりの、嬰児のような部局である。
もっともその職掌は嬰児どころか巨人級で、東京の官庁街を再編成し、さらには東京そのものを欧米なみの文明都市にしようという企図がある。どこまで実現できるかは別としても、とにかくその臨時建築局にコンドルが雇用されたということは、ただちに、
「日銀は、先生がおつくりになる」
金吾は、つぶやいた。
そうとしか考えようがなかった。コンドルは日銀に推薦され、日銀にみとめられ、日銀の普請を開始するだろう。そもそも例の、旧北海道開拓使の建物も、設計はコンドルの手になるのだった。
役人というのは、旧習墨守の生きものである。
とりわけ今回のごとき時間もかかる、金もかかる、しかも過去に例のない事業の前に立つと、役人というより、おそらくは人間みんなが逆に古法に拠ってしまうのだろう。
成功するよりもむしろ、
――失敗しないよう。
そのことに、心をくだいてしまうわけだ。となれば日銀には、ないし臨時建築局には、コンドル以外の選択はない。
ましてや金吾のごとき実績のない、日本人の、廃省あがりの教師など、
(候補にも、ならん)
金吾は、そう思わざるを得なかった。
辰野金吾という力士は、勝負の前に、土俵にすら上がらせてもらえないのだ。われながら景気の悪い口調で、もういちど、
「こっちの事務所がつぶれるよ。時太郎」
時太郎は、まだ大福餅をにぎりしめている。
食いかけなので、上半分がUの字のかたちに欠けている。その“ふち”は干からびて固くなり、白蝋のように見えた。経師屋の二階のせまい部屋のなかは、いつのまにか、障子ごしに西日がさしこんで埃の金粉が躍っている。
「だいじょうぶですよ」
と、きゅうに声をあかるくして、のこりの大福餅をぎゅうぎゅう口へ押しこんでから、
「つぶれるところまでは行きませんよ、辰野さん。仕事がよそへ行っただけ、こっちが損したわけじゃない。それにコンドル先生のことだ、これほど大きな計画となれば、われわれにも、きっと仕事をまわしてくれます」
「その仕事をまわすというのが問題なのだ、時太郎。まさしくな」
金吾は、訥々と説明した。
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