2018.05.17 別冊文藝春秋

『神様の暇つぶし』千早茜――立ち読み

文: 千早 茜

電子版19号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

「私」が父の友人だった全さんに再会したのは、父が亡くなった二十歳の夏だった。全さんは左腕を血で染めて玄関先に立っていた。その翌日父の机の中を整理していたら、ED治療薬が見つかり「私」は衝撃を受ける。その後全さんの実家である廣瀬写真館の前で、「私」は全さんを追いかけてきた恋人に出会う。彼女を見た「私」は自分と父を捨て、男と逃げた母親のことを思い出していた。全さんと鶴岡にいる母親のもとへ行ったが、「私」の居場所がないことを改めて理解するだけだった。その後、なぜか全さんと連絡が取れなくなる。アシスタントの三木さんによると、全さんは“いろいろと問題のある方”らしく……。


 日に日に太陽の影が濃くなっていく。

 空から降りそそぐ熱線は目を潰しかねないまばゆさで、昼間はまったく外に出る気になれなかった。私は体中にじっとりと汗をにじませ、ただ息をするだけの物体となって、畳に転がっていた。

 暑さが息苦しさとなって体に絡みついてくる。

 なにも考えたくないのに、強い日差しが作る黒い影は全さんを思いおこさせた。

 呼吸が浅くなる。羞恥なのか、焦燥なのか、変に気が昂ぶり、心臓がきりきりと痛む。一秒でも早く全さんの顔を見て、言ってしまったことを冗談だと笑い飛ばしたい。早く、早く、そうしないと全さんが手の届かないところへ行ってしまう気がする。

 そう思うのに、動けない。水を吸ったように体が重い。

 ――先生はどんな関係でも引き返すポイントを見失わないようにしている感じがします。

 三木さんの言葉が何度も頭をよぎる。

 わかるようで、わからない。そもそも私と全さんの関係はそんなに深いものではなかった。こんな風にいきなり避けられるほどに抜き差しならない場所まで行ったとも思えない。それとも、私が恋愛未経験者だからわからないのだろうか。人と人との間の機微がわからず、入ってはいけない境界線を踏み越えてしまったのかもしれない。

 考えながらも、最も嫌な可能性を考えないようにしている。

 飽きた。

 面倒臭くなった。

 興味を失った。

 ばっさりと切られてしまうことを恐れるあまり、避けられている理由を深読みしたり、最初から何の関係もないのだと思い込もうとしたりする。避けられているかどうかすら定かではないのに。

 そうやって、自分の尻尾を追う犬のようにとめどなく悩み、疲れ果て、気がつけば眠りに落ちている。目を覚ますと、まとわりつく暑さがやわらいでいる。踏切の警報音が遠く聞こえ、日が暮れはじめたことを知る。

別冊文藝春秋からうまれた本



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