人工的な冷たい風にさらされながら鳥肌のたった腕をこする。最近は扇風機が似合う雑多な飲食店にばかり行っていたことに気付く。全さんの影がよぎり、また息苦しくなる。
「ベリーベリーブランとマスカルポーネハニーバターどっちにしよう。あ、黒蜜抹茶パンケーキもある、きなこアイスと白玉つきだってー」
メニューに視線を固定したまま、菜月がばしばしと肩を叩いてくる。ラミネート加工されたポップな色のメニューは、表面がつるつると光を反射して、斜めからではよく見えない。
「ハーフ・アンド・ハーフもできるみたい。ちょっと見て、よくばりトリプルだって、フジがこれいってくれたら二人で五種類食べられるよー!」
「ごめん、ちょっと食欲なくてさ」
菜月のテンションがあがりきる前にと慌ててさえぎる。「え」と急に菜月の声が低くなる。
「めずらしいね」
「夏バテかな、ほんとごめん」
へらへらとした笑いを作りグレープフルーツジュースを頼む。食欲がないのは本当だった。ここ数日、なにを食べても喉に詰まったようになる。菜月はミックスベリーとフロマージュムースがのった舌を噛みそうに長い名前のパンケーキを注文した。
パンケーキとホットケーキってどう違うんだろう、と考えていると、菜月が籠バッグから薄いカーディガンを取りだし、ノースリーブの華奢な肩にはおった。足元にはたたまれた日傘が置いてある。ちゃんとした女の子は日差しにも室温にも可愛く対策をたてる。だから、肌は白く、なめらかで、か弱そうなままでいられるのだ。私のように化粧はおろか日焼け止めすら塗らず、いつでもどこでもTシャツとジーンズでいたら、ただただたくましくなっていくだけだ。
ため息をつきたい気持ちをこらえて、運ばれてきたグレープフルーツジュースをすする。苦味が気分に合っているけれど、グラスにぎゅうぎゅうに詰まった氷のせいでますます寒くなった。菜月は美肌ブレンドとかいう紅色のハーブティーをホットで飲んでいる。
「里見くんってね、けっこう甘いもの好きなんだ」
パンケーキを切り分けながら、とろけるような声で言う。ひとくち食べて「おいしーい」と目をぎゅっとする。里見の前でもこの顔をしたのだろうか。やっぱり里見の話がしたくて呼んだのか、と予想通りの展開にほっとしつつ、かすかに身構える。
「こういう女の子ばっかりの店でも平気で入るの。でも、ほら、あの顔だし目立つみたいで、まわりの女の子がすっごい見てくるから一緒にいるこっちが緊張しちゃったよ」
「里見、口悪くない?」
呼び捨てにしてしまった。ぎくりとしたが、菜月は気にした素振りもなく「そうそう」と声をあげて笑った。「毒舌で面白いよねー。でも、思ったより話しやすかった。でもさあ……」
ちょっと声をひそめる。
「あんがい遊んでないっぽい。ていうか、童貞かも」
先端に白いクリームのついたナイフをくるくるまわす。ベリーのソースが銀色の刃をつたって菜月のネイルを赤く濡らした。
「あっ……」
小さな舌でぺろりと舐め、照れたように笑う。目がくらむような心地がする。ああ、これは羨望だ。自信のある女の子だけが持つ輝きが菜月にはあった。
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