この三人に佐之助を加えた四人が、「おかめ」の夜遅くまでいる常連客なのだが、互いに声をかけあうこともなく、皆ひとりずつで、勝手に酒を飲んでいる。ただし四人を束ねて、自分の思い通りの力にしようとする者がいて、伊兵衛という五十がらみの男がそれ。表向きは金貸しだが、本業は盗人(ぬすっと)。四人べつべつに平然と自分が盗人であるのを打ち明けて、協力すれば五十両、百両の分け前を渡すともちかける。伊兵衛は四人の現状を詳しく調べあげていて、その弱点をちらつかせながら、金で釣るのである。四人は、伊兵衛の誘いに乗る。
以上のように、私が事改めて登場人物たちをここで確認したのは、この犯罪小説がいかに独創的な構成をもっているか、ということをいいたいためであった。蜆(しじみ)川のほとりにある「おかめ」という小さな居酒屋に、四人の市井に生きる男たちがいて(浪人も一人まじるが)、それを伊兵衛という狐のようにしたたかな男が束ねて、押し込みをやろうとする。伊兵衛以外は全員シロウトだから、盗みのあとですぐに解散すれば、けっして足はつかない。じつにしたたかな押し込みのくわだてなのだ。
このくわだてを書くには、それをやる人間の側から描くしかない。居酒屋の客の四人が、互いによく知らないままに強盗をするなんて、あまりにつごうのいい方便ではないか、とそれだけ聞けばそう考える人がいるかもしれないが、四人の不運を背負っている人間の描き方には痛切なものがあって、私は十分に説得された。
では、この犯罪を捜査する側の人物はいないのかというと、ちゃんと存在している。南町奉行所の新関多仲(にいぜきたちゆう)という定町廻り同心と、岡っ引の芝蔵である。新関は、伊兵衛という一見商人風の男が漂わせている匂いをあやしんで、これをつけ回しているのだが、伊兵衛が束ねた四人組のことは知りようがない。すなわち、新関の捜査が主筋となるハードボイルド推理小説ではなく、いってみれば新関も四人組と同格の、登場人物にすぎないのである。これまた、作者の工夫の一つなのだ。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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