書評

「意地」を貫き通すなかで光を放ち、一層かがやく、周五郎の世界の男たち #2

文: 沢木 耕太郎

『裏の木戸はあいている』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『裏の木戸はあいている』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

「よじょう」

 吉川英治が『宮本武蔵』で描いた求道者的な宮本武蔵像を全否定する意志に貫かれた作品と言える。

 ある男が宮本武蔵の腕を試すため不意打ちに襲いかかる。だが、宮本武蔵は一刀のもとに切り捨てる。

 その男の長男は無謀なことをした父を恥じるだけだが、次男の岩太は宮本武蔵がそれほどの腕を持っているならどうして父を軽くあしらってくれなかったかと不満に思う。

 しかし、その岩太はすでに身を持ち崩しており、ついには道の脇で浮浪の生活を始めるようになる。

 ところが、たまたまそこが宮本武蔵の用いる通り道でもあったため、世間の人から父の仇討ちをしようと狙っているのだろうと誤解されてしまう。

 岩太は、そこを日々往来する姿を見ているうちに、宮本武蔵をただの「見栄っぱり」にすぎないと喝破し、ひそかに嘲笑するようになる。

 しかし、さて、岩太に武蔵を討つことなどできるのだろうか?

 誤解が誤解を呼び、岩太は思いがけない運命に見舞われることになる。

 ここで山本周五郎は、宮本武蔵の「見栄っぱり」ぶりを嘲笑しつつ、一方で、意地に過剰な意味を見つけたがる世間というものをも笑い飛ばしている。


「榎物語」

 これは「醜いアヒルの子」が「美しい白鳥」に変貌する物語である。同時に、その「美しい白鳥」に変貌した娘が、「白馬に乗った王子様」を待ちつづけるという物語でもある。

 白鳥は王子に会えたのか。会えた白鳥は幸せになったのだろうか……。

 村の大庄屋の長女として生まれたさわという娘は、可愛く利発に生まれた次女の陰で、家族や雇い人のすべてにまるで存在していないかのようにないがしろにされて育つ。そのさわの味方は、やはりみんなから馬鹿にされていた足助という老いた下男と、山猿と呼ばれている国吉という若い下男の二人だった。さわはいつしか国吉と榎の木の下で言葉をかわすようになる。すると、二人の仲を嫉妬した足助の告げ口によって国吉が家から追い出されることになる。さわは家から離れていく国吉にいつまでも待っていると約束する。

 醜いアヒルの子のさわが美しい白鳥に変貌するのは、住んでいた村を一挙に飲み込む山津波に襲われる絶望的な悲劇からだったというところに説得力がある。それは、家族を失い、彼女を知る者たちすべてから切り離されることで、本来の美しさが輝きはじめるからなのだ。

 ひとり命ながらえることができ、有力者の息子の嫁にと所望されるが、さわは一途にかつての下男だった国吉が自分を迎えに来るのを待っている。

 この運命的な恋は意表を衝かれる無残な終わり方をする。無残だが、どこか美しくないこともない。それは、現実というものはそういうものかもしれないと思わせることのできる透明なリアリズムに貫かれているからだろう。


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定価:本体870円+税発売日:2018年05月10日